「どうする家康」の私なりの解釈について | 今、私が考えていること

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毎日の出来事を、新聞やネット上の記事からピックアップして、私なりの意見などを書き綴ります。

前々回で武田を滅ぼした後、わざわざ信長を富士遊覧の宴で接待したのは、本当はその時に信長を暗殺しようという魂胆があったのだと思う。ところが信長はことごとく家康のもてなしを拒否したので、側から見ていると、なんで妻子を殺した張本人の信長を家康がヘコヘコともてなすのか理解出来なかった。そこで今度は信長がわずかな手勢だけで京都に入るという情報を得て、この機会を逃すまいと企んだ。しかし秀吉は高松に遠征していたが明智光秀がそばに居るから、これを外さなくてはならない。そこで料理に難癖をつけて明智光秀の手落ちに仕立て、信長の面子を汚すことで、信長は明智光秀を追い出してしまう事を謀った。ここまでは上手く行った。ところが信長は自分が暗殺される事を悟っていた。本能寺に行くのは敢えて自分を危険に晒す事を承知だったというから驚き‼️信長は果たして自分にとっての真の敵は誰かを見極め、そいつを倒さなくてはならないと考えたのでしょう。敢えて本能寺にわずかな手勢だけで入り、真の敵をおびき寄せた。その結果現れたのは明智光秀。家康より先に明智光秀が謀反を起こして信長を倒してしまう。この時点で家康のシナリオが狂う。今度は逆に自分が明智光秀に狙われる身となる。その為、一目散に伊賀越で岡崎に逃げ帰る。同じ頃、秀吉は信長が明智光秀に暗殺された事を知り、このままでは明智光秀に天下を取られてしまうので急いで戻り、明智光秀を倒す。その結果、秀吉と家康が生き残る結果となる。しかしこの時点では家康には秀吉を倒す大義名分が無い。とりあえず、元信長の一派としての同盟関係を盾に秀吉の配下に入る振りをして秀吉を倒す機会を伺ったのだと思います。正に「生き馬の目を抜く」ような電光石火の展開がこの後から広げられる。私はそう思ってます。