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恵翠(けいすい)書道教室

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昨日、藤沢体育堂さんに、クリスマス会の授賞式で授与するメダルと楯を注文しました。

 

本格的なメダルと楯なので、子供たちから好評を得ています。

 

今年は、チーム対抗でやったのですが、例年以上に盛り上がりました。子供たちの要望で、来年も個人戦ではなくチーム対抗で行こうと思います。

 

今年のクリスマス会は、12月17日(土曜日) 14:00~15:30 場所は滝沢教室に予定しています。

 

飾りつけ等を子供たちにやってもらう予定ですが、楽しいクリスマス会にしたいものです。

 

 

年末年始のお休みは、12月29日(木)~1月3日(火)としますので、よろしくお願い致します。

 

 

来春、当塾では、第53回 全日本書初め大展覧会に参加する予定です。ここ2年、父の介護のため断念していましたが、今年は再開できそうです。半切の大きな紙、8号の大筆で作品を書きます。子供たちにとって良い思い出になることと思います。練習期間は、12月17日(土)~1月5日(木)で、4日の練習で仕上げていく予定です。出品料は500円ですが、紙代が半紙の時の倍額(現在の用紙の値段にもよる)、墨汁も通常の数倍かかるので、総額で2,000円位になるかと思います。

 

今回は、今年の高円宮杯で日本武道館賞もしくは大会奨励賞を受賞したお子さんには遠慮してもらい、前回、大きい賞をとれなかったメンバーで特別賞を狙いに行きたいと思います。今年、大きい賞を受賞したメンバーには、北光誌上書初め展の方で活躍してもらいたいと思います。

 

 

詳しくは、後日、プリントでお知らせいたします。

 

 

 

 

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動物の霊魂は、単純に輪廻転生している存在であると考えられる。動物の生命の役割は定まっているからだ(人間と共に生きるペットの場合は、少し異なってくる可能性がある)。

 

人間の霊魂は、神を発見し、宗教を確立したことで、輪廻転生といってもとても複雑になっている。それは、地球上に生命が誕生してから56千万年もの進化の過程の中で人間だけが霊界を獲得している存在だからである。2000万年前の人類の祖先だった類人猿は、霊界を獲得していなかった。他の動物たちと変わりない存在だったからだ。約20万年前の解剖学的現生人類(ホモ・サピエンス)においても同様であっただろう。人類が霊界を獲得したのは、せいぜい数千年前に過ぎないと考えられるのだ。

 

動物は前世を反省する必要は殆ど無いが、人間の場合は反省する必要がある。輪廻転生のシステムが動物とは異なってきたのである。人間の場合は、死後、霊界へ行き反省の時を経なくてはいけない。そこからは、動物と同様に転生する魂と、さらに上の次元へ上昇する転生しない魂とに分かれてくる。

 

生きている人間の周りの空間には、霊界へ行くことを拒んだ悪霊(いずれ消滅する魂)がウヨウヨいることから、使命を持って人間の周りで生きている人間たちを導こうと天使を務める者もいる。この霊魂は、その使命を果たすことで、さらに上の次元へと上昇するのである。

 

生物には、異常発生のような現象があり、人間の場合も、ここ100年で人口が50億人も増えている。こうなると、霊魂の転生とは、1つの霊魂が1つの個体に転生するだけでなく、1つの霊魂が数個体に転生することが考えられる。でないと霊魂の数が合わないことになるからだ。つまり、新たに生まれて来る個体に入って来る霊魂は、新たなるものではなく過去世を持っている存在ということになる。

 

この場合、過去世というのはあくまで生命システムの問題であって、さほど留意するべきことではないのである。それは、過去に心を向けるのではなく、今に心を向けるべきだからだ。というのは、生まれ変わりに関しては、動物同様に生まれ変わる者と、人間ゆえに新たに獲得された〈そうでない者〉とに分かれてくるゆえ、今世の生き方がとても重要となってくるからである。それゆえ「人生一度限り」と考えてポジティブに生きることの方が優れているのである。今の人生をくずのようなものにしてしまうか、価値ある宝物に変えるかは、その人の生き方次第なのである。

 

差別的かつ民族主義的な原始宗教を平等の精神に基づく高度な世界宗教へと高めたブッダやイエス・キリストは、その点を強調しているのである。

 

※この文章は、あくまで私の立てた仮説ゆえ、正しいとは限りません。今後、変わってくる可能性大なのです。ですから、「わからない」ことは「わからない」で処理し、決めつけないで欲しいと願います。

 

 

 

 

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実は、誰もいないような空間の中にも、私の周りに実に多くの霊体が交差している。その中には、悪霊という存在もいれば、天使という存在もいる。目に見えないだけで、実に多くの霊体が私と関わっているのである。私が前向きに頑張っている時、そこには、私を励まそうという霊体が多く集まっている。私は一人で頑張っているつもりでも、実は多くの霊体と共に頑張っているのだ。私が、怠惰になっている時、私を滅ぼそうとする霊体が私の周りにウヨウヨいて、私を狂わそうとしているのだ。このことは、魂の波動に対する共鳴と関わっている。共鳴する波動を持つ霊体が集まって来るからだ、逆に、私が非常に善に対する波動を持っている場合、悪の波動を持つ霊体は、自分をかき消されてしまってはならぬと近づいてこないのである。私は男性なので陰極性の波動を持ち合わせていない。しかし、この霊体たちの中に素晴らしい女性性を持った存在がいて、その天使から陰極性の波動を与えてもらえるので、私に素晴らしい共鳴と調和をもたらしてくれるのである。本来、セックスとは、陽極性(男性)と陰極性(女性)の波動の共鳴と調和をもたらすものとして存在するのである。単なる生殖活動ではないのである。しかし多くの夫婦は、子供ができると家庭生活に心が向いてしまい、異性の存在することの素晴らしさを見失ってしまうのである。本来、私たちが無意識の中で熱烈に異性を求めようとするのはそこにある筈なのだ。しかし、この「見えない空間の真実」を知るのなら、私たちは異性が得られなくても、素晴らしい共鳴と調和を獲得し、ニルバーナ(悟りの世界)に至ることが可能なのである。

 

 

 

 

 

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私の中では、世界の人口問題の解決法が出来ている。論文にするには大学で学ぶ必要があるし、さらにはサークル活動をするなどして、大学生たちの調査力も期待したい。さらにアメリカの有名大学の大学院で発表し地位を築く必要もあるかもしれない。暴力的な父の死後、私はミラクリストになりつつある。

 

 

もちろん、私たちは偶然生まれた存在に過ぎないとも考えられなくもない。世界中にあまた存在する神という概念も、人間側の都合で作られたものにすぎないのかもしれない。しかし、人間は知性を得てしまっているので、モチベーションが無くなると生きてはいけない。死へと向かってしまうのだ。どうせ生きるのなら、より良く、幸せに生きたい。そう考えるとモチベーションを身に付ける必要が出てくるのだ。モチベーションは奇跡を生み、人生が豊かに変わる。また、その人に神が存在するなら、さらに奇跡は実現しやすくなる。仮に単なる思い込みであっても、人間の持つ潜在能力を引き出すものとなるのである。逆に、潜在能力を引き出す術を持たない人は、残念な生き方と言えるのではないだろうか。そういうことなら、無神論者も理解できるだろう。世界を暮らしやすくするには、人々の潜在能力を引き出す術を示していかなければならない。理屈(理論)上の真理は、全く議論にならない。理屈上で正しいものを見出すことは不可能だからだ。真理とは、科学的に証明されたもののみであると考えるのである。しかし、その「わからない」の世界にこそ、人々にモチベーションを与える世界が含まれるのだ。そこを前提に持論を進めていきたいと思う。

 

 

 

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もし、今後も男性中心の社会が続くのなら、人類の滅亡は近いと言えるだろう。

しかし、女性中心の社会にシフトされていくのなら、人類は存続していくことだろう。

 

アダムの末裔で優れていた男性はイエス・キリストのみであった。何人か優れた男性がいなかったわけではないが、社会までは変えられなかった。これからの時代においては、マリアの末裔が世界を救うのである。そして、その過程の中で、女性たちを支えながら男性たちはイエス・キリストの聖性を身に付けていくことができるのである。そうでしか、アダムの末裔は平和にふさわしい者へ成長していくことが困難なのである。

 

世界の歴史のどこを切り取っても、男性たちによる戦争の歴史が繰り返されていることがわかる。もちろん、男性のような暴力的な女性もいなくはないが、それゆえ女性性とは何かを深く学ぶ必要があるのだ。

 

新しい教育は、女性の社会進出を後押しするものである。さらには、爆発する人口問題に歯止めをかけ、秩序ある世界を築いていくための要素も含まれる。宗教という概念は、宗教の哲学化によって一旦無くなるのだが、それはむしろ真の宗教を際立たせるためのプロセスとなっていくことだろう。行きつく先については全く予測が立たないが、私たちの想像をはるかに超える神の導きを得ていることだろう。そして、そこに繋ぐことが重要なのだ。人類滅亡の危機を目の当たりにした待ったなしの現代において、人類が歩むべき方向性とは、そこにあると思う。

 

また、男性でもない、女性でもないという概念ももちろん重要である。肉体的に精神的に、与えられている性と一致しない人も少なくない。それゆえ、教育の中で真の男性性とは何か。真の女性性とは何かを学ぶ必要があるのだ。大切なことは、その人にとって一番幸せを感じられる立ち位置を見出すことにある。そして、孤独にならずに助け合い、自分ならではの幸せを見出して行ける人間関係を築いていくことが優れた社会性と言えるのだ。こういった方向性の中にも、平和への道が見出されていくに違いない。

 

 


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