お金が無ければ何もできないと考えがちである。
音楽をやっていても、結局、お金持ちに圧倒的な差を見せつけられるだけで、全く勝ち目がないようにさえ思えてしまう。
美術をやっていても、結局、高価な道具を手に入れることができなければ、全く相手にならないようにさえ思えてしまう。
多分、多くの人は、そのことで失望し、芸術活動を断念してしまうのではないだろうか。
ところが、私の場合は「最小限」の方が、力が発揮できるように思えるのである。大きく不足している方が、それだけ神が力を貸してくださっているという実感が得られるのである。結果的にお金持ちの芸術に負けない感動を鑑賞者と共有できる幸福に浸れることが多い。このような素晴らしい奇跡が体験できるゆえ、芸術はやめられないのである。
とはいえ、「最低限」の練習は必要だし、このことは毎日の習慣にしなくてはならない。また、音楽を鑑賞する、つまりは良い音楽を頭脳にインプットする作業も怠ることはできない。私は、貧乏なので、CDを購入するお金が無い。しかし、かろうじてインターネットができるので、YouTube等で最高の音楽をしかも無料で鑑賞できている。
私の芸術の特徴は、「最小限」で「最低限」である(私には芸術よりも大切な価値観が存在しているからである)。そして何より重要なことは、本番には、「最大限の本気」で取り組むことにある。一切の妥協をせず、命がけで集中する。不思議なもので、声楽の本番当日、風邪を引いてコンディションが悪く、リハーサルでまったくかすりもしなかった高音も、本番では奇跡的に出てしまうのは、自分以外の力がそこに加わっているという証になるのかもしれない。
私の文章も、声楽や書道と似ているところがある。声楽同様、かろうじてインターネットだけはできるゆえ、ネットでの情報に関して他者が驚くほど得ているのかもしれない。Amazonで中古本を購入しているのも人並み以上かもしれない。しかし、高額なセミナーに参加するとか、偉い先生に習うとなると全くの不可能であり、そうなると単なる独学の域を出ないかというとそうでもないようである。
私は守護霊(守護の天使)と語り合う能力があるため、高額なセミナーに参加するとか、偉い先生に習っているといった人たちと対等に語り合い、むしろ彼らを驚かせレベルの高い理論を語ることができているようである。これも、「最小限」で「最低限」な人間ゆえにできる業であると思えるのである。
神が存在する限りにおいて、貧乏な人間が損をするということは決してない。貧乏な人間が損をするのは、その人に神が存在していないからなのである。
この世は、サタン(悪魔)の支配する世の中といわれている。それゆえに、永遠の世界ではなく死が存在するのである。とはいえ、このサタンの世を生き抜かなければ、神の支配する高次元の世の中へ参入できる者とはなれない。
サタンの世を生き抜くには、膨大な知恵を必要とする(学問的な知恵とは異なる)。私たちは膨大な知恵を生み出していかなければ、この厳しい世を生き抜いていくことはできないのだ。一つや二つの知恵では足りない。十や二十の知恵でもまだまだ足りない。百や二百でもまだまだ。千や二千でも全く太刀打ちできない。何万、何十万という知恵を身に着ける覚悟が無くては全く通用しないのである。でないと悪魔の世界に完全に飲み込まれてしまい、サタンに魂を奪われてしまい、神の世に参入できない者となってしまうのである。生まれっ放しでただ生きて、世の中に振り回されるだけで死ぬことに何の意味があるのだろうか。
私たちがしなくてはならないことは、「小さき者として生きること」。小さき者でないと、神と共に歩めないし、神の奇跡を体験できないからだ。そして、「公共の奉仕に生きること」。公共の奉仕に生きるとは、社会のために働くことである。この二つさえ守られていれば、あとは「守護霊(守護の天使)様の指示にすなおに従う」ことで、いつも安心して生きることができる。まあ、他人様からは、おまえはあれも持っていない、これも持っていないとやじられ、からかわれることはあるかもしれないが、持っていないということは、それだけ神の愛が多く得られるという意味では悪くない筈である。笑う者には笑わせておけばよいのである。神の平安とは、そういう形でもたらされるものなのではないだろうか。
この地球は貧しい人の方が圧倒的に多いのである。ということは、神の側に生きられる人。つまりは天国に近い人の方が多い筈なのである。しかし現実はそのようには見えない。前に話した神の知恵といっても、知性はそれほど必要ない。つまりは「守護霊様と語り合うセンス」を身に着けられるなら何の心配もないのである。そのことを多くの人に伝えることができるのなら、このサタンの世が一気に平和に満たされてしまうという奇跡に包まれることだろう。
目に見える世界では、エリートと呼ばれる裕福な人間たちが地球を支配して、貧しい者を奴隷化し、削除(人口削減)していくという風潮があるようである。しかし見えない世界においては全くの逆である。その奴隷化され排除される側の人たちに天国の門が開かれているからである。
神の奇跡は、金持ちたちには得られない。貧しい者たちこそ、この世の主役なのである。
といって決して裕福な者を批判しているのではない。私も幼少の頃は、そちらの側の人間だったかもしれない。ただ運良く大怪我による身体障害と戦わなければならなかったので、物質的な欲望に支配されずに済んだ。現在は、完全に貧しい者の側となっている。まだまだ人生という道の途上にある者ゆえ、さまざまな時を経なくてはならないのだろう。もしかすれば、未来は裕福になるかもしれない。
お金も使い方次第では人を救う者になり得るのである。裕福であることは、そういう意味で素晴らしい祝福なのだ。とにかく、小さき者としてのスタンスで、貧しい者に目を向け、貧しい者のために奉仕する生き方をするべきなのだ。「守護霊様と語り合うセンス」を持ち合わせるのなら、裕福な者にももちろん天国の門は開かれているのは言うまでもない。ただ、そういう人間があまりにも少ないのである。
「汝の敵を愛せよ」というイエス・キリストの言葉があるが、サタンの側の人の膨大な富が、人々の幸せに使われるという奇跡が起こったなら素晴らしい。紛争や戦争で解決するのではなく、愛で解決していくのである。
人口問題は大変深刻であるが、むしろ知識人たちが子供を控え、貧しい国の人の子供を育てるようにしたら、一気に地球全体が良い教育で満たされるのではないだろうか。地球全体が良い教育で満たされたなら、人口問題は一気に解決へと向かうことだろう。世界が一つになり、戦争の無い素晴らしい時代がやってくるのではないかと思うのだが、どうだろうか。聖書の預言とは、成就させることが目的ではなく、人類を警告し、人々を目覚めさせることを重要視するべきではないのだろうか。預言の最終章は、私たちが導き出す神から与えられた課題なのである。
それゆえ、一切の敵視をやめ、すべてを愛に変えるべきなのである。
と、この文章を書いた理由は、とあるジャズのセミプロたちの祭典を見に行った際、出演者から、彼らの多くが医者かもしくは大金持ちであることを聞かされ大きなショックを受けたことによる。彼らと自分には接点が無く、私が入っていけるような世界では無かったのだ。そう思ったら、悲しくなってしまったのだ。
しかし、この文章を書いた後には、彼らを敵視することはなくなった。そして、私は貧しい者として音楽活動を行っていることに誇りが持てるようになった。
恵翠書院 盛岡教室
恵翠書院 滝沢教室
昨日8月30日(日)には、第31回 高円宮杯 日本武道館書写書道大展覧会の表彰式に無事母を連れていくことができた。
早朝5:10分にタクシーにて自宅発。6:10分発の新幹線に乗車するまで時間があったので、JRの窓口に座っていた若い男性駅員に相談したところ、東京駅で母の車いすの件を明るい笑顔で快く手配してくれた。
東京駅に着くと、車いすが手配されていて、係員さんに東京駅の構内を端から端まで歩く形で、中央線まで車いすを押してもらった。
その時間帯は快速しか走っていないため、御茶ノ水で総武線に乗り換え。乗り換えと言っても、すぐ向かい側に来る電車に乗るだけである。
飯田橋に着くと、そこでも車いすが手配されていて、東口のタクシー乗り場まで係員が車いすを押してくれた。
そして、会場のホテルグランドパレスに予定時間よりも1時間早く到着。すると、迎えてくれたホテルの係員がすぐに車いすを手配してくれて、10時からの「チェリールーム」での展覧会をじっくり鑑賞することができた。母の作品は、決して他の作品に見劣りすることはなく感動的に展示されていた。

私は、受賞者はてっきり優先的に1階でのビッフェで食事ができると思っていたら、満席でダメとのことだった。23階のレストランも満席となっており、これでは昼食をとることができないと絶望的な気分になった。
たまたま、11時半からの開店の準備をしてテーブルを拭いていたテノール歌手の錦織健に似たイケメンのボーイさんに目が留まり声を掛けてみた。母が車いすなのでホテルの外に出て食事の出来ないことを話したところ、快く席を準備してくださると言ってくれた。その場で予約を入れて、11時半から23階のクラウンラウンジで食事をとることができた。良心的な価格でありながら、素晴らしい料理だったのだが、一番のご馳走は、そのボーイさんのサービスが抜群で、忙しいのに母の話を聞いてくださり祝福の言葉も述べてくれたことだった。母はとても幸せな気分に浸れたようだった。そして、素敵なボーイさんに来年もまたここに来たいですと話していた。
13時からは、「ダイヤモンドルーム」にて授賞式が行われた。何と、高円宮様がご列席となり、思い出深い素晴らしい授賞式となった。


母は車いすなので、係りの人に特別に席を設けてもらい、表彰の場では、車いすでぎりぎりのところまで行かせてもらい、そこから私が母の手を引いて壇上に登り、賞状と素晴らしい盾をいただくことができた。
加藤東陽先生による総括のお言葉では、毛筆は1万1千点以上から、硬筆は5千7百点以上から応募が集まり、24名の審査員による厳正な審査が行われ、過半数を超えなくては決められないゆえ、何度も決選投票が行われたとのこと。最高齢は94歳で、高齢者による臨書が素晴らしかったことも離されていて、高齢者で臨書を書いていたのは母なので、母は自分を褒めてもらったような気分に浸れたと思う。
高円宮賞を受賞した高野瑞貴さん(福岡県 県立太宰府高等学校3年生)の謝辞も印象に残った。この場に立つことが目標だったゆえに、夢のよう。書道部の仲間たちと出品したとのこと。仲間たちの励ましと、顧問の先生のご指導の賜物とお礼を述べていた。作者についてはメモしたが、急いで書いた故読み取れず残念。線質に特にこだわり、立体感を出すために小筆から長峰に筆を変えてやってみたとのこと。高円宮賞にふさわしい素晴らしい作品だったと思う。
ホテルのロビーでタクシーを手配してもらい、ここでもタクシーの運転手さんが、店の前ぎりぎりのところにタクシーを停めてくださり、安全に母を店の入口へと誘導してくださった。今日は本当にいい人にばかり出会っていると感じられた。御茶ノ水駅前のサイゼリアで食事をした。安価にイタリア料理と美味しいワインを堪能できた。
そこまでは、母にとって楽ちんだったと思うが、そこからが大変だった。お土産を買うため東京駅に行ったのだが、そこからは車いすが無いゆえに私に手を引かれながら歩かなくてはならなかった。しかも、予定よりも3時間も早く目的を達してしまったので、帰りの新幹線に乗車するまでの時間、東京駅構内の喫茶店をはしごしなくてはならなかった。私にとっては、なんでもない距離でも、母にとっては大変らしく、大変疲れた様子だった。凄い人混みだったので、それだけでも精神的に参ってしまう感じだった。
新幹線のホーム内のベンチでは、宮城県の白石市の息子に会いに来たという女性が母の話を聞いてくださり、苦しい待ち時間を和らげさせてもらえた。
無事帰りの新幹線に乗れて、無事盛岡に帰ってこられた。帰りのタクシーのおじさんもとても優しい方で、家のすぐ前に車をつけてくださり、自動ドアの反対側のドアを開けて母が少しでも楽できるように配慮してくださった。
母にとって今日は、ことごとく優しい人にばかり出会えた素晴らしい一日だったと思う。
恵翠書院 盛岡教室
恵翠書院 滝沢教室
早朝5:10分にタクシーにて自宅発。6:10分発の新幹線に乗車するまで時間があったので、JRの窓口に座っていた若い男性駅員に相談したところ、東京駅で母の車いすの件を明るい笑顔で快く手配してくれた。
東京駅に着くと、車いすが手配されていて、係員さんに東京駅の構内を端から端まで歩く形で、中央線まで車いすを押してもらった。
その時間帯は快速しか走っていないため、御茶ノ水で総武線に乗り換え。乗り換えと言っても、すぐ向かい側に来る電車に乗るだけである。
飯田橋に着くと、そこでも車いすが手配されていて、東口のタクシー乗り場まで係員が車いすを押してくれた。
そして、会場のホテルグランドパレスに予定時間よりも1時間早く到着。すると、迎えてくれたホテルの係員がすぐに車いすを手配してくれて、10時からの「チェリールーム」での展覧会をじっくり鑑賞することができた。母の作品は、決して他の作品に見劣りすることはなく感動的に展示されていた。

私は、受賞者はてっきり優先的に1階でのビッフェで食事ができると思っていたら、満席でダメとのことだった。23階のレストランも満席となっており、これでは昼食をとることができないと絶望的な気分になった。
たまたま、11時半からの開店の準備をしてテーブルを拭いていたテノール歌手の錦織健に似たイケメンのボーイさんに目が留まり声を掛けてみた。母が車いすなのでホテルの外に出て食事の出来ないことを話したところ、快く席を準備してくださると言ってくれた。その場で予約を入れて、11時半から23階のクラウンラウンジで食事をとることができた。良心的な価格でありながら、素晴らしい料理だったのだが、一番のご馳走は、そのボーイさんのサービスが抜群で、忙しいのに母の話を聞いてくださり祝福の言葉も述べてくれたことだった。母はとても幸せな気分に浸れたようだった。そして、素敵なボーイさんに来年もまたここに来たいですと話していた。
13時からは、「ダイヤモンドルーム」にて授賞式が行われた。何と、高円宮様がご列席となり、思い出深い素晴らしい授賞式となった。


母は車いすなので、係りの人に特別に席を設けてもらい、表彰の場では、車いすでぎりぎりのところまで行かせてもらい、そこから私が母の手を引いて壇上に登り、賞状と素晴らしい盾をいただくことができた。
加藤東陽先生による総括のお言葉では、毛筆は1万1千点以上から、硬筆は5千7百点以上から応募が集まり、24名の審査員による厳正な審査が行われ、過半数を超えなくては決められないゆえ、何度も決選投票が行われたとのこと。最高齢は94歳で、高齢者による臨書が素晴らしかったことも離されていて、高齢者で臨書を書いていたのは母なので、母は自分を褒めてもらったような気分に浸れたと思う。
高円宮賞を受賞した高野瑞貴さん(福岡県 県立太宰府高等学校3年生)の謝辞も印象に残った。この場に立つことが目標だったゆえに、夢のよう。書道部の仲間たちと出品したとのこと。仲間たちの励ましと、顧問の先生のご指導の賜物とお礼を述べていた。作者についてはメモしたが、急いで書いた故読み取れず残念。線質に特にこだわり、立体感を出すために小筆から長峰に筆を変えてやってみたとのこと。高円宮賞にふさわしい素晴らしい作品だったと思う。
ホテルのロビーでタクシーを手配してもらい、ここでもタクシーの運転手さんが、店の前ぎりぎりのところにタクシーを停めてくださり、安全に母を店の入口へと誘導してくださった。今日は本当にいい人にばかり出会っていると感じられた。御茶ノ水駅前のサイゼリアで食事をした。安価にイタリア料理と美味しいワインを堪能できた。
そこまでは、母にとって楽ちんだったと思うが、そこからが大変だった。お土産を買うため東京駅に行ったのだが、そこからは車いすが無いゆえに私に手を引かれながら歩かなくてはならなかった。しかも、予定よりも3時間も早く目的を達してしまったので、帰りの新幹線に乗車するまでの時間、東京駅構内の喫茶店をはしごしなくてはならなかった。私にとっては、なんでもない距離でも、母にとっては大変らしく、大変疲れた様子だった。凄い人混みだったので、それだけでも精神的に参ってしまう感じだった。
新幹線のホーム内のベンチでは、宮城県の白石市の息子に会いに来たという女性が母の話を聞いてくださり、苦しい待ち時間を和らげさせてもらえた。
無事帰りの新幹線に乗れて、無事盛岡に帰ってこられた。帰りのタクシーのおじさんもとても優しい方で、家のすぐ前に車をつけてくださり、自動ドアの反対側のドアを開けて母が少しでも楽できるように配慮してくださった。
母にとって今日は、ことごとく優しい人にばかり出会えた素晴らしい一日だったと思う。
恵翠書院 盛岡教室
恵翠書院 滝沢教室
急なお知らせとなってしまい済みません。9月には、下記の用事につき、特に日曜日のお稽古のお休みが続くことになります。
ですので、土曜日か、金曜日の学校からの帰宅時間にお稽古の予約時間を移動していただけますと大変助かります。
9月6日(日)
お世話になっている方の音楽イベントに出席するため、一日お休み致します。
9月12日(土)~9月13日(日)
北海道にて、心理学系の研究会に参加するため、二日間お休み致します。
9月20日(日)
東京賢治シュタイナー学校の生徒さんたちとの交流会のため、午後からお休み致します。
また、8月30日(日)は、おばあちゃん先生こと佐藤 恵翠(文子)の 高円宮杯書道大展覧会 の授賞式に出席するため東京へ行きます。佐藤 潤も付き添いで出席するため、この日も一日お休みとなります。
今後も、日曜日に用事が入ることもあるかと思いますので、日曜日のお稽古につきましては、通常90分のレッスン時間を120分にさせていただきたいと思います。
9月になりますと、県書写コンのシーズンとなります。コンクールの練習を通して、子供たちの「決意力」を育て、「勝っても負けても学べる心」を育てていきたいと思います。勝ったら有頂天になり、負けたら酷く落ち込むという性質では、厳しい現実を強く生き抜いていく力にならないからです。
お休みが連続してしまい、誠に申し訳ございませんが、どうかご理解をお願い致します。
恵翠書院 盛岡教室
恵翠書院 滝沢教室
ですので、土曜日か、金曜日の学校からの帰宅時間にお稽古の予約時間を移動していただけますと大変助かります。
9月6日(日)
お世話になっている方の音楽イベントに出席するため、一日お休み致します。
9月12日(土)~9月13日(日)
北海道にて、心理学系の研究会に参加するため、二日間お休み致します。
9月20日(日)
東京賢治シュタイナー学校の生徒さんたちとの交流会のため、午後からお休み致します。
また、8月30日(日)は、おばあちゃん先生こと佐藤 恵翠(文子)の 高円宮杯書道大展覧会 の授賞式に出席するため東京へ行きます。佐藤 潤も付き添いで出席するため、この日も一日お休みとなります。
今後も、日曜日に用事が入ることもあるかと思いますので、日曜日のお稽古につきましては、通常90分のレッスン時間を120分にさせていただきたいと思います。
9月になりますと、県書写コンのシーズンとなります。コンクールの練習を通して、子供たちの「決意力」を育て、「勝っても負けても学べる心」を育てていきたいと思います。勝ったら有頂天になり、負けたら酷く落ち込むという性質では、厳しい現実を強く生き抜いていく力にならないからです。
お休みが連続してしまい、誠に申し訳ございませんが、どうかご理解をお願い致します。
恵翠書院 盛岡教室
恵翠書院 滝沢教室
お陰様で、母恵翠の個展は、展示期間の半分が過ぎました。
昨日は、夕時に母と展示していただいているCafe Jazz開運橋のジョニーさんに足を運ぶことができました。
芳名録には、多くの方の名前が寄せられており感動いたしました。
夏休みなので、うちで習っているお子さんがお母さんと一緒に足を運んでくださったり、素晴らしい芸術家のお名前も書いてありました。
お祝いにと素敵なギフトを置いていってくださった方もいて、感謝でいっぱいです。
作品をぜひ買いたいと言ってくださっている方がいるとのことを聞き、思いもしない高評価に母も喜んでいたようでした。
ただ、入院中の父の状態が良くないことで、なかなかジョニーさんの方に足を運ぶことができないでいることが残念でなりません。



Cafe Jazz開運橋のジョニー店主の照井顕さんと母恵翠
恵翠書院 盛岡教室
恵翠書院 滝沢教室
昨日は、夕時に母と展示していただいているCafe Jazz開運橋のジョニーさんに足を運ぶことができました。
芳名録には、多くの方の名前が寄せられており感動いたしました。
夏休みなので、うちで習っているお子さんがお母さんと一緒に足を運んでくださったり、素晴らしい芸術家のお名前も書いてありました。
お祝いにと素敵なギフトを置いていってくださった方もいて、感謝でいっぱいです。
作品をぜひ買いたいと言ってくださっている方がいるとのことを聞き、思いもしない高評価に母も喜んでいたようでした。
ただ、入院中の父の状態が良くないことで、なかなかジョニーさんの方に足を運ぶことができないでいることが残念でなりません。



Cafe Jazz開運橋のジョニー店主の照井顕さんと母恵翠
恵翠書院 盛岡教室
恵翠書院 滝沢教室
昨日10日(月)の11時頃、ベッドで寝ている父の様子がおかしいので、病院に連れて行こうとしたのですが、全く動けないとのことだったので、私が救急車を呼んで、昨年に胃の精密検査をした岩手医科大学附属病院に運んでもらいました。その日は、私は午後から仕事だったので、たまたま休みの日だった妻に父に付き添ってもらいました。
昨日、お稽古の予定の子の親御さんに電話をしたのですが、夏休み中ということもあり、全員に連絡ができなかったので、母に滝沢の教室で待機してもらいました。案の定、連絡のつかなかった子が来たので私の判断は間違ってはいませんでした。
父の方は、胃に大きな穴が開いており、集中治療室に入院することとなりました。胃潰瘍が原因なのか癌が原因なのかがすぐには解らないため、手術までの数日間は口からの食事はできず、機械に繋がれた辛い状態が続きそうです。
11日に来る予定の子には、全員連絡がついたので問題はありませんが、お盆期間を含みしばらくは病院と行き来する日々が続きそうです。
恵翠書院 盛岡教室
恵翠書院 滝沢教室
昨日、お稽古の予定の子の親御さんに電話をしたのですが、夏休み中ということもあり、全員に連絡ができなかったので、母に滝沢の教室で待機してもらいました。案の定、連絡のつかなかった子が来たので私の判断は間違ってはいませんでした。
父の方は、胃に大きな穴が開いており、集中治療室に入院することとなりました。胃潰瘍が原因なのか癌が原因なのかがすぐには解らないため、手術までの数日間は口からの食事はできず、機械に繋がれた辛い状態が続きそうです。
11日に来る予定の子には、全員連絡がついたので問題はありませんが、お盆期間を含みしばらくは病院と行き来する日々が続きそうです。
恵翠書院 盛岡教室
恵翠書院 滝沢教室
