神様からいただく賞 | 恵翠(けいすい)書道教室

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 当塾では、毎月の競書の他に、県内展や全国展のコンクール活動にも積極的に取り組んでいます。

 今年の県書写コンでは、まだ全員からの報告が来ていないものの、これまでに特別賞:2、推薦:6、特選:4 との報告を得ています。

 岩手日報誌上で公開される特別賞は残念ながら昨年より1減ってしまいました。これには、手本を書いた私に原因があったかもしれません。前回も前々回も毛筆で特別賞を取った小6の女の子でしたが、練習を始めてまもなく、あまりにお手本通りにしっかり書いてしまうので、つい欲張ってしまい、どんどん難しいお手本に変えていったことで子供らしさを失った作品に仕上がってしまったことが裏目に出たらしく、今回は推薦でした。過去の受賞作品の枠を超えないようにすべきだった点と、近目に見る分には傑作でも、遠目で見ると迫力不足になりがちな点についても反省すべきと肝に銘じているところです。とはいえ、失敗は失敗ではなく、むしろ素晴らしき成功の始まりと考えるべきなのです。

 これまでには、文部科学大臣賞、高円宮杯日本武道館書写書道大展覧会特別賞、盛岡市長賞を始め、人権擁護や交通遺児のコンクールでも最高賞を受賞した子もおりました。しかし、大きな賞を取った後に問題が生じることも少なくありませんでした。

 数年前の高円宮杯日本武道館書写書道大展覧会で、特別賞を受賞し、東京の会場での表彰式を受けた当時中2の女生徒が、翌年はさらに上の賞を取ると猛烈に頑張ったのですが、結果が2ランクダウンの大会奨励賞でした。そのことでショックを受けたのか、塾をやめてしまいました。ものすごく頑張ったゆえに、私を信頼できなくなったのかもしれません。

 私は、彼女に大切なことを伝えられなかったことをとても後悔しています。

 私は、学生時代はオペラ歌手を目指していて、多くの声楽コンクールを受験しました。中でも、NHKの洋楽オーディションは7回も受験して、担当の職員さんには名前を覚えられてしまう程NHK放送センターには足を運んだことになります。当時、学校では声楽の成績が1番だったものの、自分の本当の成績を知りたいと全国レベルに挑んだのでした。しかし、残念ながら一度も入賞には至りませんでした。

 その日も、コンクールに落ちたことで落胆していました。確か友人が行けなくなったということで代わりに行くことになった東京・目黒の聖パウロ教会でのクラシックコンサートに足を運びました。演目はフォーレのレクイエムでした。傷心を癒すにはふさわしい演目だと思いました。感動の演奏が終わり、アンコールの演奏ではなく、プログラムに印刷されたクリスマスキャロルをお客さんと交えて歌うことになりました。クリスマスシーズンだったのでそういう企画になったのでしょう。私は全曲、心を込めて歌いました。演奏会が終わり、帰ろうと後ろを振り向いた時、初老の婦人が涙を流して私に言葉を掛けてきました。

 「今日は、大好きなフォーレのレクイエムを聴きに来たのだけど、今日はあなたの歌声の方が最高でした。あなたの歌声を聴いていて、とても幸せでした。本当にありがとう。」

 私は、全く見知らぬ人に、こんなにも褒められたこと、高い評価をいただいたことに静かなる感動を覚えました。そして、コンクールに落ちたことくらいで歌をやめてはいけないと心に誓いました。

 思い起こすと、私は… 「10歳の時にスキー事故により、腕の切断は免れたものの手術は失敗を繰り返し医者から見放された障害に血のにじむような努力で乗り越えた経験があった筈だ。水の中で目も開けられないほどの金槌だったのに、小6の頃に水泳の選手になった経験があった筈だ。中学の時には、陸上競技において学内でビリからトップの成績を取った経験があった筈だ…」 私は、過去にそういった奇跡体験があったことを思い出し、頑張ることの意義を見出すことができました。

 それからは積極的に、カトリック教会で、結婚式や葬儀で歌うようになりました。そのほとんどが、見知らぬ人へのものでしたが、中には感動してくれて、たくさんお金を包んで渡してくれた方もおりました。もし歌をやめてしまったら、この感動はなかったわけです。

 コンクールは、専門家によって選ばれる賞かもしれませんが、見知らぬ人からの評価は〈神様からいただく賞〉だと考えるようになりました。この賞があるゆえ、続ける価値があるのだと思うのです。

 だからコンクールの結果が期待外れのものだったからといってやめてしまうのはもったいないことだと思うのです。

 私は声楽においてもビリからのスタートでした。苦しい思い、悔しい思いを乗り越えて、ついに1番の成績を取れるようになりました。そのご褒美に、卒業時には努力賞を受賞。世界的オペラ歌手のカルロ・ベルゴンツィー氏の公開レッスンのメンバーにも選ばれました。大変な苦手を乗り越えたゆえに、私の歌には魅力があるのだと感じています。まだまだ素人受けのレベルなのかもしれませんが、私の歌を喜んでくれる人がいる限り、声楽を続けていきたいと思うのです。

 書道だって同じことです。苦手を見事に克服した人の書く作品には、素晴らしい感動を覚えます。ただ上手いだけではない不屈の生命力がそこに感じられるからです。この不屈の生命力が、見る者に魂を揺さぶられるような感動を与えてくれるのです。ですから、簡単に負けてしまってはいけないのです。頑張る意義は十分にあるのです。

 専門家から選ばれる賞は学生時代に限られたものかもしれませんが、〈神様からいただく賞〉は、一生いただけるものでもあります。こちらのほうが、幸福感に包まれていて、そして多くの人との素晴らしき交流がそこにあります。

 私の塾の子は、一切の不正なし冒頭でお伝えしたような優れた賞を受賞しています。まぎれもなく嘘の無い子どもたちの努力の結晶なのです。私が書道会において何の地位も築いていないことにもありますが、仮に将来において高い地位を築けたとしても絶対に不正に染まりたいとは思いません。そんな方法で賞を得たとしても、〈神様からいただく賞〉が得られなくなってしまうとするなら、何と残念なことなのでしょう。

 私は、子どもたちに、専門家から選ばれる賞のみならず、何よりこの〈神様からいただく賞〉を体験する者になって欲しいと願っています。






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