屋根の上のピッコラ | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

屋根の上のピッコラ

昨日(11月1日)は早起きして、銀行宛てに生命保険の契約を解除し残金を普通口座に振り込んで欲しい旨メッセージを送り、ついで任意健康保険(Mutuel, complementaire Sante )宛てにこれも契約解除(Resiliation)依頼のレターを書き郵便局へ行って書留郵便で出した。

万聖節( Toussant )お定まりの曇り空、空気は湿っているが気温は6℃と寒くはない。郵便局手前のロワン川に掛かる小さな橋を渡るとき川を見下ろして狭い川幅一杯に茂ったクレッソンが減り始めたのに気付いた。魚の影を探したが見つからなかった。

家に帰り服も靴も替えずに葉を落として裸になったバラの細い枝を剪定し、枯れかかった牡丹の葉を摘んでいると、子猫の鳴き声が聞こえた。それはどこか高いところで子猫が助けを求めて鳴いているようで、せつなげな甲高い声を繰り返し挙げている。

お隣と抱き合わせになっている物置の屋根を見上げると、アンゴラ、トラ金(金太)、その妹、それに雄の黒猫が屋根の勾配をものともせず上がり下りして遊んでいる。
鳴き声の主は見えないがこの屋根のどこかで動けなくなって「助けて!」と泣いてるらしい。

 

 

 

お隣は3年ほど前の夏に改修工事を始めたが、勤務先(技術高校の先生だった)が変わりでもしたのか、オーヴェルニュの実家に家族一緒に引き上げてしまい、家は工事現場のまま住人不在の空き家になっている。我が家の屋根裏と物置とがどこかでこの家と繋がっていて、猫たちは迷路のような抜け道を巧みに嗅ぎ分けて「探検ごっこ」をする。今日も上に挙げた4匹につられて屋根の上まで上がったはいいものの怖くなって降りられなくなった。小雨で濡れた瓦が滑ることもあったんだろう。


屋根裏に上がって猫が出入りする隙間から呼べばひょっとして出てくるかもしれない。そう思って屋根裏に上がり、暖炉の煙道の支えになってる壁に近寄ってみると鳴き声がひときわ大きくなった。泣いているのは黒の仔猫(4月生まれだからはや6か月なのだが)ピッコラらしい。鳴き声が煙道の中から聞こえてくるようでもあり、念のため下へ降りて暖炉から煙道を見上げた。いくら爪が鋭い猫でも煙道を這い上がるのは無理だとわかる。もうじきサンタが煙突から入ってくる時節だが、サンタは滑り降りるので帰りは煙道を上ってゆくわけでもあるまい。ピッコラはやはり外に居るらしい。庭へ出てもういちど見上げると今度は居た。ピッコラは屋根の稜線に黒い背を丸めて乗っかり鳴いている。

 

 

 

ピッコラは黒い野良の雌猫の子で、この4月にほんのちょっとした隙に忍び込んだ母ネコが家具の下で産んだ4匹の子の一匹だ。2匹が真っ黒、2匹がチャコールグレー。ピッコラだけが雌のようで他の3匹の兄弟に力で負けて充分に乳が飲めなかったらしく、乳離れして母ネコが居なくなった5月になると発育不良で体が極端に小さいのが目立った。弟の黒猫は顎の下に白い毛が生えていてちょうど白いネクタイを締めたみたいで見分けがつく。で、この小さい2匹をピッコロ(Piccolo)、ピッコラ (Piccola)と呼ぶことにした。

午後一杯、夕餉の時刻までに何度も呼んだが降りてこない。物置の屋根を見渡せる小窓が2階の廊下の端についてるので、そこを開けて頭を出して呼び続けた。
Piccola,  viens !  Alle, Piccola,  tu viens !  N'aie pas peur !

繰り返し100回以上呼んだろうか。 こちらが呼ぶとピッコラは反応して身動きするのだが、足を延ばしたり身を乗り出したりしない。傾斜がやはり怖いのだろう。

 

そのうちにアンゴラとトラ金(金太)がひょいひょいと傾斜を昇って遊びに来る。アンゴラは稜線を身軽に渡り、お隣の屋根の端にある煙突の足元まで行くと、そこから煙突に跳び乗った。

 

 

ピッコラは煙突の足元までアンゴラに付いていったもののそこからは怖くて元の場所へ戻った。

小窓から両手を差し出して、おいで、おいでと招いても両眼を見開き赤い口を開けて鳴くだけで降りてこない。やがて日が暮れ、雨が本降りになった。

 

雨宿りもできない屋根の上で一晩中雨に打たれて濡れていては病気になり悪くすると死んでしまう。
カミサンが消防署へ電話して猫救出に出動してくれるか問い合わせた。このご時世、いくら Benebol ボランテイアだといってもタダ、無料で出動してくれるわけがない。そう諭しても頑固が持ち前のカミサンはそれでもと電話した。やはり一人30分につき40ユーロ、二人となると80ユーロは最低掛かります、という返事。


夜もとっぷり暮れ雨は降り続いている。私の胸にはピッコラが未熟児だった頃、鶏肉を優先して与えてやり、文字どおり懐に入れて温めてやるとゴロゴロ喉を鳴らして気持ちよさそうに眠ったことが思い出され、なんとか助けてやれないものか必死で考えた。このまま一晩中雨に打たせておいては死んでしまう。助ける手立てを考えよう。

 

思案を巡らせるうち、ふとある考えが浮かんだ。ピッコラは濡れた瓦の傾斜を滑り落ちるのが怖いのだ。滑り止めの何か? 毛布とか防水シートとか。

「そうだ、防水シート!」

アンゴラとトラ金(金太)などトラ猫一家は黒猫一家に1週間早くやはり家に忍び込んで家具の下で産まれた。母ネコはいまでも餌を食べにだけ来るが仔猫の世話は一切しない。

 

 

 

そんなトラ猫一家がまだ授乳してるとき、2階の黄色い壁紙の部屋をあてがって入れておいた。カーペットを敷き替えたばかりだったので汚れ防止に、青い防水シートと布に防水加工を施したベージュの特別製シートの2枚を敷きつめた。トラ猫一家が部屋を出てからはシートは無用になり放置してある。あのシートを縦方向に半分に切って竿の先に結び、ピッコラのすぐ近くまで上げてやる。ピッコラが怖がらず、知恵を働かして、シートの上を歩いてくれば滑らず、滑っても鋭い爪を立てれば止まることが出来る。

そういう、こちらの意図を猫が分かってくれれば助けられるのだが……。

 

私はさっそく仕掛け作りにとりかかった。ベージュのシートをハサミで切り、高所の枝を切るハサミが付いた剪定用のアルミパイプの竿の先端にシートの端を括り付けた。そして窓から雨が降る闇の中へそろそろと差し出した。懐中電灯で照らすと、ピッコラの両眼だけが光って見える。やがてシートが結ばれた竿の先端がピッコラの足許に届いた。

 

ピッコラはシートの匂いを嗅いでいる。トラ猫一家が黄色い部屋を出てから黒猫一家も何度かこの部屋で寝たことがある。シートの匂いは覚えている筈だ。

なんども嗅いだり手で押したりを繰り返す。その間、懸命に呼びかける。ピッコラ、降りておいで。シートを伝わって降りておいでよ。怖がらないで、滑らないから、このシートは覚えてるだろう。
ほら、ピッコラ!おいでよ!

ついにやってきた! その瞬間がとうとうやってきた! ピッコラが前足をシートに掛けた。そろそろと体を乗り出し、進み始めた。よかった、そのまま、前へ進め。横に出たりせず。シートを伝って降りてくるんだ。ゆっくり、ゆっくり、慎重に。ピッコラは怖がり屋で、慎重な猫なんだ。

少しづつ、黒い頭が大きくなって、ついに雨でぐっしょり濡れた背中が目の前に来た。両手を伸ばして捕まえ、窓から家の中に入れた!

「救出作戦,成功!!」私はなにより猫が私の意図を察して、シートを伝われば滑らず窓に達せることを理解し、その通りやってくれたことが嬉しかった。

 

ネコに私の気持ちを伝えられたことが、猫と意思を通じ合えたことが嬉しかった。さて、今夜は安心してぐっすり眠れるぞ!

(おしまい)