なぜ液体がいいのか?
前回挙げた3つの本を再読しトリウム発電がなぜ優れているか認識を新たにしたので要点をまとめてみよう。
①燃料がウラン固体燃料ではなくトリウムを溶かした液体(フッ化物溶融塩)であること。炉は常圧なので中の放射性物質が漏れだす危険はない。ここでは固体と液体とで燃料の反応の仕方がどう違うのか、さらにウランとトリウムという二つの異なる放射性元素の特性と、そして特に安全性につき検証を試みる。
②燃料の核分裂により生じる副産物としてウラン原発はプルトニウムを産み、トリウム原子炉はプルトニウムは極く微量にしか排出しない。どころかプルトニウムはじめ放射性廃棄物を炉の中で次々と焼却する。つまり増殖炉として炉の寿命の間数年間炉を密閉したまま燃料自給再生し自動運転ができる。ウラン燃料棒のように炉に入れる前と後に複雑で危険な処理が必要ない。ここではプルトニウムの特性と、放射性廃棄物の消却と言うウラン原発が現在陥っている大変困難で金のかかる重要な欠陥を革命的に解決し、核燃料サイクルシステム全体の最適化が達成できる。
③ウランは地球上に鉱脈が偏在するので政治的に扱われやすい。これに対しトリウムは地球上どこにも豊富に存在する。埋蔵量はウランの4倍と言われるが、実際はウランのうちで自然に核分裂を起こす(つまり原発の燃料としてそのまま使える)ウラン235は天然ウランの238にわずか0.7% しか含まれていない。これに対しトリウムは100%使える。従い4÷0.007 で実質埋蔵量はウランの570倍となる。インドなどはある海岸の砂浜全体が数メートルの深さまでトリウムで覆われており、子供たちがバケツで掬って運んでいるということだ。
以上3点に絞って要約検証を試みる。それぞれ説明は長くかかるので連載となりますが、辛抱強くお付き合いのほどお願いします。
では①。
原子力発電の歴史から始めると良いのだが、長くなるので歴史は別の項に譲って、まず液体ということから。
世界で最初にトリウム原子炉の試運転に成功したのは米ORNL (オークリッジ国立研 Oak Ridge National Laboratory)で、溶(熔)融塩実験炉 MSRE(Molten-Salt Reactor Experiment ) が3年間(2・6万時間)無事故連続運転に成功した。1965~1969年に掛けてのことである。
オークリッジ国立研の初代所長ユージン・ウイグナーはブタペスト生まれのユダヤ人で1963年にノーベル賞を受賞した。トリウム炉の最も初期の開発設計に力添えをした。彼の言葉「核分裂とは物質の化学変化であり、したがってそれを利用してエネルギーを取得するプラントは機械工学的なものではなく、化学的なものでなければならない。」ウイグナーは化学プラントであるべき原子炉は液体燃料を使うべきであり、炉の腐食問題を解決する最も有力な液体はフッ化物溶融塩であろうとまで予言していた。
液体を使った炉がいくつも試されたがすべて金属製の炉と配管の腐食の問題が解決できず失敗に終わった。フッ化物溶融塩のみが唯一この腐食問題を解決でき、これにより炉の試運転成功を達成した。
ウイグナーは1942年にシカゴで若い核物理学者ワインバーグに出会った。ワインバーグはロシア移民の両親のもとにシカゴに生まれた。両親は東ヨーロッパのユダヤ人居住地の出身だった。
16歳でシカゴ大学に入学したワインバーグは心理学や言語学、生物学、生命科学に研究の焦点を当てていた。細胞生物学で博士号を取得し、一方で古典的な拡散理論を研究した。
拡散理論とは、粒子が見かけはランダムな運動をしながらどのように拡がり散らばっていくのかを説明する科学理論。原子炉の分析を行う上で拡散方程式は要となる。ワインバーグはのちにこの問題を扱う世界屈指の専門家となった。ワインバーグはわずか二十代半ばで、エンリコ・フェルミ率いるシカゴ大学の研究グループに参加した。ウイグナーとワインバーグの出会いによりオークリッジ国立研究所は2代目所長にウイグナーはワインバーグを推し、ワインバーグが指揮してトリウム溶融塩実験炉MSREの試運転を成功に導いたのだった。
理学博士で化学者の古川和男氏は「放射性原子の核分裂は化学変化であり、核分裂により放出されるエネルギーを利用して発電する設備はしたがって化学工学装置(化学プラント)でなければならない。反応媒体は個体ではなく液体が好ましい。」と書いている。
こうしてワインバーグ率いるオークリッジ国立研究所がトリウムフッ化物溶融塩炉の発明者となったが、液体燃料のフッ化物溶融塩はその後の研究でフッ化リチウム(LiF)とフッ化ベリリウム(BeF2) の
二元系溶融塩を溶媒とするのが最適とされた。
なぜ液体がいいのか?
物質の状態は気体、液体、固体の3つに分類できる。
気体は隙間だらけで分子同士や中性子などがなかなか衝突せず反応が進みにくい。
固体は核反応や放射線照射で結晶的な構造が変質・破損・溶融して事故原因となることが多い。熱除去に別の冷却媒体が必要となる。固体は流動性をもたないため燃料管理や核分裂反応生成物の除去などの化学処理が極めて困難。
液体には大きく4種類ある。ア)水・アンモニアなどの無機液体 イ)アルコール・ベンゼン・PCBなどの有機液体 ウ)液体金属 エ)溶融塩
ア)とイ)は高温では安定しにくい。照射損傷を受ける。ウ)は壊れる分子は無いが化学反応性が強い。エ)塩は陽・陰二種のイオンの集合体でイオン性液体とも言われる。塩うち最も知られている食塩は融点800度より高い温度ではナトリウム陽イオン(Na+)と塩素陰イオン(Cl-)が同数ずつ混ざりあって全体は安定な電気的中性を保ちつつ激しい熱運動をしている単純なイオン性液体。放射線で破壊される要素は全くない。
液体燃料であれば気体や固体燃料が持つ技術的難点のほとんどが解消できる。安定性が向上する。適切な温度領域で十分安定な熱媒体となることができ、熱中性子の吸収が少なく、あまり放射線損傷を受けず核分裂を進めるのに必要な核物質濃度(密度)を安定的に確保できる。
固体燃料に比べて炉の構造が単純になる。燃料体の製作・輸送・炉への装荷・差し換え・放射能冷却・再輸送・再処理・再生製造等といった作業の大部分がなくなる。
液体なら燃料はポンプで遠隔操作でき濃度調整も容易である。したがって炉の全体構造や運転・保守作業全般も単純になり建設費・諸経費も大きく改善できる。
1980年代以降特に日本にはウラン固体燃料軽水炉原発が大量に輸入建設され、また世界中でこの仕様の原発があたかも国際標準であるかの如く、また原発と言えばウラン固形燃料を使った炉しかないと一般に信じられるようになってしまった。しかし、そのような結果を産んだいきさつにワインバーグ博士の研究開発が重大な役割を果たしている。
第二次大戦後の急速な米ソ対立と軍拡競争が進む中、究極の兵器とされる原子力潜水艦の建設が急がれた。一度燃料を積み込めば数か月も1年でも浮かび上がらず寄港せずに潜ったまま敵に位置を知られずに行動できる原潜。そのエネルギーの元となる原子炉、ワインバーグは原潜用原子炉の研究開発を担当し、トリウムフッ化溶融塩原子炉と並行してウラン固体燃料の原子炉を完成したのだった。
そして原潜用原子炉と同じ基本構造の原子炉を陸上にも適用した。ウラン235のペレットをジルコニウムの鞘に密閉し燃料棒とする。この燃料棒製造に開発費を注ぎ込んだメーカーは陸上の原発で儲けさせてくれと軍と政府に働きかけ、トリウムフッ化溶融塩原子炉推進を政府に働きかけていた民間団体を排除し、実用炉の設計・研究開発・建設予算を差し止め事実上トリウム溶融塩炉を葬り去ったのだった。
オークリッジ国立研究所職員の中には、正しい優れた原子炉を受け入れない世の中に絶望して自殺した技術者も居た。ワインバーグ自身もこのような結果を招いたことを悔いて次第にうつ病患者のようになってしまった。
(つづく)