雷神トールのブログ その5 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

いよいよトリウムについて

 

トリウムは原子番号90。ウランの原子番号が92でそれよりも2つ小さい。
この二つの原子の間に91のプロトアクチニウム(Pa)があったがすでに崩壊してしまって現在の地球上には存在しない。従ってトリウムはウランに次いで重い天然元素ということになる。
原子番号はトリウムが232、ウランが238でその差が6ある。このことは安全性の面でものすごく大事。これについては後に書きます。

原子番号とは?
原子核は正の電荷を持った「陽子」とそれと同じ重さだが電荷を持たない中性子とが寄り集まってできている。正電荷の総数(陽子の数)が原子番号でこれが元素の種類を決定する。原子核の周りを走り回っている負電荷の電子の総数と陽子の数とが同じなので原子全体は電気的に中性となる。陽子の数と中性子の数を足したものがその電子の「質量数」。

トリウムを発見したのはスエーデンの化学者イエンス・ヤコブ・ベルセリウスで1828年のことだった。より正確に言うと、1815年にベルセリウスはトリウムという新物質を発見したと発表した。そしてその新物質にスカンデ
ナヴィアの神々に敬意を表して雷神トールにちなんだ「トリウム」と
名付けた。が、これは実際はイットリウムと呼ばれる発見済みの一形態であると自分で気がついた。13年後に今度はまちがいなく新発見の物質を手にした。ノルウエーのHMTエスマルクという牧師がノルウエーの西海岸にあるレヴェ島を歩いて旅してるときに見つけた表面が光る黒い鉱物を
ベルセリウスに送った。化学分析を行い未知の物質の60%を純元素として単離し1829年にスエーデンの地質学の雑誌に論文を掲載してトリウムを再発見したと公表した。

すでに1830年代には、トリウムはガス灯の炎の周囲に置いて発行させるマントルとして使われ、パリのオスマン通りなどは夜も明るく輝き「光の都」などと呼ばれていた。

19世紀も終わり近くポーランドからパリに亡命留学したマリーキュリーは1894年ソルボンヌ大学で数学の課程を修了後核物理学者ピエール・キュリーが教える学校のクローゼットほどの部屋を研究室に使わせてもらい次々と新しい発見をした。ラジウムの発見に始まり、ピエールが馬車にひかれて死亡した後も強い意志を持って実験研究を続け2度もノーベル賞を受賞した。

 

ピエールとマリー・キュリー

 

マリー・キュリー(キュリー夫人、元の姓はスクオドフスカ)がトリウムに放射能があることを発見したように思われているが、最初に発見したのはドイツの化学者ゲルハルト・カール・シュミットで、マリー・キュリーがフランス科学アカデミーに論文で発表する2・3週間前のことだった。ところがシュミットはその後トリウムの特性について突っ込んだ研究をしなかったのでその栄誉はマリーに帰せられている。

 

ソルボンヌとパンテオンの近くにあるキュリー研究所の入り口。

マリーが使った研究室に様々な道具とが展示されている↑

 

 

マリー・キュリーはトリウムの圧電(結晶の一方の端をハンマーで叩くともう一方の端から僅かな電流が発生する)能力について研究中、トリウムの謎に満ちた性質に気が付いた。トリウム酸化物が発生させる電流は一定ではなかった。トリウムを検査しているとき電位計中の活性を示す値が徐々に上がっていくことに気がついた。

 

 

フランスの英雄が祀られているパンテオンの内部。

マリ・キュリーは初の女性として殿堂入りした。

 

 

マリーが気が付いていた現象を深く研究し核物理学を大きく発展させたのがアーネスト・ラザフォードである。トリウムの研究から原子崩壊説を弟子のソデイ―と共に立て、α線、β線、γ線の別を明らかにし、α線がヘリウムn原子核であることを実証するなどして原子模型を確立、物質構造の根本を明らかにした。ラザフォードはニュージーランド出身だが英国のキャベンデイッシュ研究所はじめカナダでも研究を続け、生涯を通じて有能な弟子の育成に励み、その功績により晩年1931年にはラザフォード・オブ・ネルソン男爵に叙せられアイザック・ニュートンと並ぶ偉大な物理学者としてウエストミンスター寺院のニュートンの墓に並んで葬られた。


トリウム発電に戻ります。

天然のトリウムは質量数が232(トリウム232)のみからなり核分裂性が無い。そのままでは燃料として使えないが中性子を一個吸収すると核分裂性のウラン233に変換する。
これは天然ウランの大部分を占めるウラン238が中性子吸収で核分裂性の人工元素プルトニウム239に変換するのと相似である。元のトリウム232とウラン238を親物質と呼ぶ。

親物質のトリウム232が、もう一つの親物質ウラン238よりも6だけ軽いことは重要な意味を持つ。トリウム232が中性子を7個も吸収してプルトニウム239に変わったり、さらに重い超ウラン元素のアメリシウム(Am)やキュリウム(Cm)などに代る可能性は無い、無視できるからである。


原爆材料に最適で長寿命、放射能の強いこれらの元素類と縁が切れるのは、大変な利点である(古川)。しかもこの現象を裏返して利用できる。トリウム反応炉の中に混ぜて燃やせば、それらは次第に消えて再生されることがない。トリウムは「プルトニウムなど超ウラン元素の消滅作業」の引き受け役を果たすのである(古川)。

 

(つづく)