私は前々から既存の原発の危険性に脅威を感じていました。ひとつはウラン235が核分裂してプルトニウムが生まれる。プルトニウムは核兵器の材料となる極めて危険な物質だ。私が日本に暮らしていた1970年前半までは原発は十指に数えられるほどしかなかった。それが1979年のスリーマイルアイルランド事故により米国内で建設が禁止となって以来日本へ輸出攻勢が掛けられあっというまに53基も出来てしまった。
これら全部の原発から出る使用済み核燃料の量は相当なものだろう。それはフランスへ運ばれコタンタン半島の先端ラ・アーグ核燃料処理工場でプルトニウムを分離し厳重な容器に密封し秘かに船で運んでいた。フランスの協力を得て青森県六が所村に核燃料処理工場を建設中ということだったが10年前では未だ運転できていない状況だった。
放射性廃棄物の処理についてはフランスではガラスに封印しアルデンヌの森の中に分厚いコンクリートで出来た要塞の奥深くへ数万年という年月の間埋めておくということだった。私たちの文明は子孫にこんなにも危険な物質を遺産として残すのかと暗い気持ちになったものだ。
↑ 私の家から50km足らずにあるダンピエール原発。
(ロワール河の水で冷却している。3つの塔は水蒸気冷却塔)
もうひとつ、3つの原発事故のどれもが炉の冷却不能が大事故につながった。うち2つは爆発とメルトダウンに至った。福島第一は炉が緊急停止した後、津波をかぶってデイーゼル発電機が動かなくなり全電源喪失という不幸が爆発とメルトダウンを起こした。
この土地は元は海面から30メートルも高い崖の上だったのをわざわざ海面の高さまで土を削って建設をした。津波を被ってくださいといわんばかりの工事だ。危険を指摘した技術者がいたにもかかわらず上層部はそれを無視した。人災と言わずになんだろうか?
ウラン固体燃料は炉から取り出した後も数年間冷却を続けなければならない。福島第一の原子炉格納容器の上の階には冷却プールがあってそこには入れ替えを待つ沢山のウラン燃料棒が冷却水に漬けられているということだった。これを知った時にも、なんという面倒な手間と時間のかかる危険な燃料を使ってることか!と呆れたものだった。
以上はウラン固形燃料を使っている在来の原子炉に対して普通の市民が感じる潜在的危険性、そして環境と後の世代に対し倫理的に無責任な処置をするしかない否定的側面である。つまり(ウラン)原発は解決が困難な難題を抱えたまま見切り発車した欠陥施設なのだった。「トイレのないマンション」と揶揄された所以。揶揄で済んでるうちはよかったけれど今は大変なことになっています。
書棚から手に取った本は「トリウム原子炉の道」と題されていました。リチャード・マーチン著、野島佳子訳(朝日新聞出版)で副題に「世界の現況と開発秘史」。帯のキャッチフレーズは「ウランを使わない原子炉があった!」。
ぱらぱらとめくってみると、トリウムを燃料として使う炉は、ウラン原子炉とはコンセプト、システムが全く違った炉であること。それは、
①ウラン原子炉のように固体燃料ではなく液体燃料であること。そのため制御が容易でメルトダウンが原理的に起こりえない。
②ウラン原子炉からはプロセスの結果としてプルトニウムが発生するがトリウム原子炉ならばその千分の一しか発生しない。
③プルトニウムがほとんど発生しないだけでなく炉を運転しながらプルトニウムほか多くの同位体を焼却するのだ。つまりこれなら立派にトイレが付いたマンションと言える。放射性廃棄物(核拡散)の問題を解決できる。初めからちゃんと出口が見える設計なのだ。
他にも多くの利点が説明してあるようだ。それがみな本当なら心を暗く閉ざしていた原発の潜在的危険を解消することが出来る。さっそく買って夢中で読んだ。そしてこんなにも優れた原子炉があったにもかかわらず、それが政治的画策により忘却の闇に葬り去られたという歴史を知るに及んで驚きと憤りを抑えられなかった。ウラン原子炉を支えているウラン鉱脈の所有者、燃料加工業者とプルトニウムを必要とする軍が結託し3年間無事故で試運転に成功していたトリウム原子炉の開発予算を打ち切らせマスコミにも報道させず、スリーマイルアイルランド原発事故の後米国内で建設禁止となったウラン原発を同盟国である日本へ大量輸出したのだった。ウラン原発からは核兵器の原料であるプルトニウムが採れる。プルトニウムが採れないトリウム原発など興味が無い、利益が出ないと業者が国会の調査委員会で証言している。
リチャード・マーチンは雑誌「ワイアード」に寄稿するジャーナリストでこの本はトリウム原子力に関係する技術者・科学者の人間的側面をも記述していて興味深い。私はその後、日本でトリウム原子炉を研究発展させ1985年についに燃料自給自足型小型原子炉=小型密閉式溶融塩炉FUJI(不二)を発明した化学者古川和男さんの著作「「原発」革命(2001年)とその増補新版「原発安全革命」(2011年5月文春新書)を読むに及んで、出口なしに見えた原子力の迷路にこういう明らかな解決策があったのか! と感動を覚えたのでした。そして、なにかの形で少しでも役に立ちたいと胸に刻んだのでした。古川さんのこの2冊は技術的な面を文科系の読者にも解りやすく解説してくれている名著なので是非手に取ってお読みくださるようお薦めします。
(つづく)
