雷神トールのブログ  その1 | 雷神トールのブログ

雷神トールのブログ

トリウム発電について考える

ジレンマからの脱却

私たちが暮らすこの21世紀の社会はエネルギー源の大半を石炭・石油そして天然ガスと原子力から得ています。中でも電力は現代社会の産業経済、家庭生活の維持に欠かせないだけでなく、その発展のために需要は日毎に増大して行くばかりです。様々な家電、情報機器、最近は自動車までが電気で走るようになりました。

私たちの日々の生活に欠かせない電力。もともと電力とは私たちの暮らしをより快適でより豊かにするための力であり、その電力をを生み出し供給してくれる発電所は私たち市民にとり親しみが持てる身近な公共設備であった筈であり、あらねばならない存在の筈です。

1980年代まで発電の主流を占めていた石炭石油を原料とする火力発電所は僅かな燃料で巨大な電力を生み出す原子力発電所にとって代わられました。

 

原発は地球温暖化の原因となるCO2を排出しない。これが既存原発の維持存続の主な理由となっており、それはその通りで事実だと思います。

原発事故の後を受けて、太陽光パネル、風力、バイオなどの再生可能エネルギーによる発電が世界各国で大々的に展開されるようになりました。フランスの田舎には3本の羽根を持つ巨大なプロペラがゆっくりと回転し、それが林立して今までの伸びやかな風景を一変してしまうようになった。
ドイツでは広大な面積の土地に太陽光パネルを敷き詰め発電している。しかしこれらが生み出す電力は合計しても原発と比べれて僅かなもの。あったほうがマシという程度で到底原発に頼っていた産業が要求する電力の総計を満たせず補完的なものでしかありえず社会全体が求める基本電力になりえません。

世界の情勢は1989年11月のベルリンの壁の撤去に次ぐソ連の崩壊後、半世紀に渡って続いた米ソ二極体制(冷戦)が終了し、代わって中国の台頭、北朝鮮の核武装化、度重なるミサイル発射による恐喝、イスラム過激派によるテロの時代に入りました。そして一方で自然災害の凶暴化が始まりました。
ハリケーン、台風の凶暴化。地中海沿岸、世界の人々の憧れの的だった南仏リヴィエラ海岸とその背後の山間部では土石流、崖崩れ、洪水か毎年のように発生しています。さらに大西洋岸、英仏海峡などでは海面上昇と浸食の強化により海際の土地の後退が起こっています。これに頻繁に発生する森林大火災も加えるべきでしょうか?

自動車についてみれば、フランスでは2030年にはデイーゼルエンジン車を禁止すると政府が発表。今年(2021年)から各メーカーは競ってハイブリッド車の製造販売に力を入れています。

私たちは「環境保護」とエネルギー開発の狭間、ジレンマに立たされ明快な回答を得られないままさ迷っている。

 

 

 

スリーマイルアイルランド(1979年冷却材喪失事故)、チェルノブイリ(1986年黒鉛減速軽水冷却型100万kw原子炉の事故。急性放射線障害による死者28人、火傷による死者3人。13万5000人が30km圏内から避難した。INES尺度7)そして福島第一原発事故(2011年3月11日東北地方太平洋沖地震により発生した津波で運転中の原子炉3基は非常用電源が喪失したため緊急停止した。電源喪失により数日後に各原子炉の緊急炉心冷却装置が停止。炉心溶融が起こった。INES尺度はチェルノブイリと同じレベル7。12日と14日に1号機と3号機で水素爆発が起き、15日には2号機原子炉建屋で爆発が起こった。政府は発電所から半径30km圏内を飛行禁止とし、20km圏内の住民に避難指示を出した。)

 

僅か40年の間に大規模な事故が3つも起こった。
原発事故により大多数の市民は原発はやはり危険なんだ。どんなに幾重もの安全対策を施しても潜在的な危険を蔵してるのだから絶対安全とはなりえない。運転ミスや自然災害やテロが重なればまたいつか大変な事故が起きないとも限らない。そういう認識が定着し広まったと思います。だけれども、原発に代る大規模発電能力を備えた設備はないのだから(と思い込まされ忘れ去られていた)原発の潜在的危険を受け入れるしかないと「諦め」の境地から原発支持に回っている人も多いと思います。かく言う筆者もしばらく前まで「諦めから原発受容」に回った一人でした。原発関連のお仕事をされ家族を養っている人から職を奪うのか!原発ゼロ、脱原発を決定したドイツやスエーデンも決定的な解決策を得られないままずるずると既存の原発を維持し運転を続けています。

ジレンマから抜け出すにはどうしたらよいのか? 解決策はないのか?そういう重苦しい思いを抱いたまま、祖国を襲った大震災と津波、原発事故に半世紀あまりも眠っていた祖国愛に動かされ日本に一時帰国しました。地震大国、原発大国の日本から逃げ出した男だ、と認めたくなかったのです。なにか自分にもできることはないだろうか?そんな重苦しい心を抱いたまま東京のある書店の中をさ迷っていました。すると偶然、ある言葉が書棚の本の背表紙から眼に飛び込んできたのです。それは「トリウム」と言う文字でした。

 

(つづく)