「ゼッタイ、すぐにキレイなマスが釣れますよ……」
山道で知り合った男の言葉を真に受けて私は釣りの仕掛けを湖に投げ入れた。
野生のマスのキレイな姿。渋いオリーヴ色に鮮やかな緋色の斑点が浮いている。
黒から褐色そしてオリーヴ色に微妙に変化してゆく体の色。
長い年月を掛けて水に研ぎ澄まされた流線形。頭から口の端にかけての丸み。
獰猛さと俊敏さと意志強さを象徴するようなまっすぐに結ばれた口。
それらの色や形はなんとも言いようのない、まさに野生の美だ。
なんか、こう美人のからだを見るときのような戦慄を覚えてしまう。
私はそうした鱒の姿を思い浮かべて胸を躍らせた。
今にそんな鱒が釣り糸の先にかかってくれる。
しばらくすると当たりがあった。はやる気持ちを抑え私は針が鱒の固い唇の内側にかかるよう十分に間を置いた。
そして頃合い良しと見て私は竿先を空に挙げて合わせた。獲物が針に掛った手ごたえがあった。
鼓動が高まるのが自分でもわかった。嬉しさがこみあげて私は声を挙げそうになりながら釣り糸を巻き上げた。
しかし、水面に現れた獲物を見て私は驚愕し恐怖に打たれた。キレイなマスどころか見たことがない
奇怪な怪物が針を腹に掛けのたうっているのだ。
私は大変な災難に巡り合ったと知って狼狽し不運を呪った。
水彩絵の具セット。ヨーロッパの伝統、深い色合い