長編第二部のための草稿 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

中学の時に父親が営んでいた料亭が倒産し、普通高へは行けなくなった。日本中の高校を調べて、学園が授業料無料どころか月々少しのサラリーを支給してくれると知り、なんとしてもここへ入ろうと決意した。必死で受験準備をしたので首尾よく合格することが出来た。

 

男子だけの全寮制の高校で、学園の名前に冠せられている自動車メーカーが自前で有能な技能士を育てるために創った技術高校だ。理工系中心の授業は、詰め込み式でついて行くのが厳しかったが、なにしろ自活の道はここしかないので、同窓生が惑わされるいろんな誘惑には目もくれず一心に学んだ。毎月出る給料は積み立ててまとまった金額が貯まると母親に送った。

 

気を入れて学んでみると、座学も実学も興味ある内容ばかりだった。2年生になり、おれは2つある寮のうち一つの寮長になった。風紀を取締り、規律破りが好きなはぐれ者を自室に呼んで、そいつの身になってやりながら、モラルを立て直す説教に心を砕いた。

この学園の卒業生は全員工場勤務が決められている。卒業まぢか、勤務にあたり、幾つもある工場のうちどこへ行きたいか工場と部門を志望することが出来た。おれはもともと手先が器用で細工物をするのが好きだし自分でいうのもへんだが上手なので、特技を活かせる部門へいきたかった。組立だけは嫌で、車体へ行きたいと思っていた。車体では最新の設備を持ち、この地域で最大のプレスを持つT工場の、プレス課の型保全を志望した。細工にかけてはだれも及ぶものがいないほど繊細な感覚と手並みを発揮して完璧な仕上げをするおれの能力を審査員も知っていたのか、希望どおりの職場に配属された。

 

 

 

プレスの型保全という職場は他の職場にはない独特の職人芸が要求される部署で、最近の自動車工場がどこも、流れ作業のラインの一部となって機械に使われるロボットとなることを強いられるのと違い、おれという人間が持つ感覚や判断力、経験と知識を総動員して、原因を突き止め、修復のイメージと手順を決め、己の力量と相談しながら時間を見極めて配分し、主体的に仕事に取り掛かれる、いわばマイペースで仕事ができる唯一の職場なのだ。その代り、工場の暗い片隅で、冷たい鋳物の上に長時間座り、独り黙々と溶接棒やサンダーを使って作業しなければならない。いってみれば、目立たない黒子の役割を全面的に負わされている職場なのだ。

この仕事は手先の器用さだけでなく、カンと想像力と経験が要求される。いわゆる年季を入れないと一人前になれない職だ。一人前になるのに10年は掛かると言われている。特に刃先の摩耗や欠損などの修理は、ミクロン単位の精度を要するので、手で触れ、眼で見て違いを感じ取れる繊細さと、それを修復する根気が要る。

 

年季を入れれば誰でも一人前になれるかというとそうではない。この仕事に要求されるカンと感覚の鋭敏さは、持って生まれたもので、あとから養える性質のものじゃないとおれは思う。ミクロン単位の傾きや凹凸を眼で見極めて、肉盛りした後、思うとおりサンダーで削ってイメージどおりの修復が実現できるかは、それぞれの職人の身体の組成と密接に関わっている。

 

 

 

 

上型も下型もそれぞれ一個が数十トンもある重量物なので、作業しやすい高さに置くなどできない。だいいち、修復を必要とする個所はだいたい広い型の真ん中へんにあるので、自然、型は床に置き、人間が型の上に乗っかる形になる。しかも、肉盛りや研削は時間が掛かるので、長時間屈んだ、ときには無理な姿勢で作業しなければならないのだ。

 

 

  (つづく)