次のパラグラフに進みます。
Pour ce qui est des pensées que j'avais de plusieurs autres choses hors de moi, comme du ciel, de la terre, de la lumière, de la chaleur, et de mille autres, je n'étais point tant en peine de savoir d'où elles venaient, à cause que, ne remarquant rien en elles qui me semblât les rendre supérieures à moi, je pouvais croire que, si elles étaient vraies, c'étaient des dépendances de ma nature, en tant qu'elle avait quelque perfection, et, si elles ne l'étaient pas, que je les tenais du néant, c'est-à-dire qu'elles étaient en moi pour ce que j'avais du défaut.
<フランス語ノート>
Pour ce qui est :に関しては、と言えば、の件は
ne pas tant (de …… , que ~):ほどでない、よりむしろ……だ。
à cause que + ind. (古)~だから、のゆえに (=parce que)
en peine de ~ : のことを心配する
dependance : 依存関係、 因果関係、従属
<和訳>
私の外にある他のさまざまなもの、空とか地とか光とか熱とかのような、その他沢山の他のものについての考えはといえば、私はむしろそれらの考えがどこからくるかを知ろうと努めはしなかった。なぜなら、私はそれらの中に私より優れていると思わせるなにものも認められなかったし、もしそれらが真実なら、私の本性がなんらかの完全性を持つ限り、それは私の本性に依存するものであり、そして、もしそれらが完全でないのならば、私はそれらを無から得ている、すなわちそれらは私が欠点を持っているが故に私の中にある、と信じることが出来たからである。
<訳者ノート>
デカルトは1633年、30代で「世界論」を書き上げていました。その中には「地動説」を支持する考えが示されていましたが、ガリレオ・ガリレイが宗教裁判にかけられ地動説を撤回させられたことを知って、出版を諦めます。が、「無神論者」と見做され宗教裁判にかけられる恐れを説いて何か著作を出版した方が好いという友人の勧めを容れてこの「方法序説」を書いたのでした。「神の存在の証明」をこのパート4で行っていることの背景にはそんな事情があったのでした。
幾何学、数学の完全性に魅せられていたデカルトは、神の存在を「ある完全なるもの」という抽象的なものとして提示しています。それは「無神論者」であると誤解され宗教裁判にかけられ、今後もっともっと続けなければならない研究を妨げられることを恐れてだった、と弁明しています。
(つづく)
