「ペルグランさん、どうぞ」
司会は今度は壇に立たず、控えの席で言った。
「皆さん。われわれは日々の現実を生きながら理想を求めねばなりません。自動車の排ガスが有毒だと知りつつも明日から一斉に自動車を捨てるなどできません。自動車なしに現代生活は不可能です。不要な時はなるべく車に乗らないようにし、車なしでは支障をきたすところで車を使い、生活を維持しながら、より害の少ない自動車へ改良して行く。これが車の排ガスに対する最も良心的で現実的な態度だろうと思います。
核兵器についてもほぼ同じことが言えます。世界に紛争の種が消えず、戦争のリスクが残る以上、われわれは武器を一斉に放棄することは出来ません。ガンジーの無抵抗主義、日本の憲法に盛り込まれた非武装平和の思想はあくまで理想として、
人類が目指す共通の目標として考えなければなりません。そこへ至る過程には現在ある戦争の危険に対応した現実的な対策が構じられなければなりません。
天上の平和を地上へ。共産主義の実現による世界平和へという神話が崩壊した今日、イデオロギーによる結束は崩れ、世界は民族的対立の危険が増大しています。ユーゴ、パレスチナ、イラク、イラン、アフガニスタン、カンボジア…とさらに、アフリカ、中南米があります。紛争の危険は至る所にあり、われわれは変化する現状に対処できる防衛体制をつくらねばなりません。
核の抑止力は冷戦中と同じ位置を占めない。フランスは戦略的核戦力を瞬間毎の状況に適合させる必要があります。現在、フランスが行っている核実験は従来のメガトン級といった大きな破壊力をもつ爆弾の実験ではありません。一発で大都市や
国そのものを消滅させてしまうような従来の核弾頭は現実的でない。使用不可能だということがわかってきたのです。
小さな地域紛争にこのような大量殺戮兵器は使えません。従って抑止力もなくなってしまったのです。今、必要とされているのは、小さいが正確に目標を叩く事の出来る核兵器です。メートル単位の制度で目標を攻撃できる兵器です。しかも、目標に応じて破壊力を変動できる可変性核弾頭が開発されその形状を決めるための実験が行われているのです。
最後にこれはまだ、軍の機密情報に属することですが、皆さんのご理解を得るために敢えて言います。この実験は、“第三世代”核弾頭を完成するためのものです。詳しくは言えません。ただ、電磁衝撃波を生み得る弾頭とだけ申し上げておきます」
(つづく)