中国の遺跡発掘についての講演会かなと思いつつ会場に潜り込むと核実験についてのデベートでやんの。こいつら案外まじめなんだ。
あの子んちの前で立ちんぼしてちゃ目立つんで、遅番の日は朝大学まで行ってカフェテリヤでなにげなくコーヒー飲みながらあの子を待つようにしてた。すると今朝、タヒチかニューカレドニア出らしいタッパがはって髪のちぢれたヤロウといっしょに カフェテリヤに現れた。コーヒー飲みながらしばらくだべってたが、あの子の男友達の東洋人が入って来ると、嬉しそうにチュウチュウほおづけを四回もして迎えやがった。
すぐもひとり背の高い東洋人が、まるっこい感じの女の子と加わって五人いっしょに表に出て来た。あとをつけると道端に停めてあったR5に乗った。おれは街路樹の下に停めてあった買ったばかりのモトベカンヌへ走った。
見失なわないようあとつけるのがせいいっぱいだった。ときにはぐんと離されたが、高速に乗らなかったのが幸い。セーヌの川沿いをどうにかついてくることができた。コードベック・アン・コーの手前で追いついて車ん中が見えた。
運転してるシントックのやつがあの子の肩に気安く手を回しやがって顔を愛撫してるのが眼に入りおれの心臓はぎゅーんと縮みあがって火を吹きそうになった。
そのままついてくと車は坂を登ってルーアン大学の構内に入った。おれは遠くで見張りながら、やつらが階段教室に入ったのを確認し、すこしあとから教室にはいってく四五人のグループにまぎれこんでだれにも気づかれないようそっと教室の長椅子に座った。
おれは階段教室の下のほうに座ったので上にいるあの子の姿はみることができなかった。振り返ったらめだっちまうからじっとがまんして前を向いてた。あの子がおれに視線をあてることなんかないってわかってたけど、どしても背中にあの子を意識して固くなってデベートを聴いてた。
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休憩の後、ペルグランに代わって左の控えから立った男はジョンという名で、赤毛で肌の白いアイルランドか英国人のように見えた。
「私はさきほどのペルグラン氏の話に基本的な疑問を投げかけたい。捕鯨にしろ、工場廃棄物にしろ温室効果ガスの排出にしろ放射性廃棄物にしろ、いま、われわれ地球市民が抱えているさまざまな問題の根源にあるのは、科学技術と産業の発展ですが、人類に先立ってこれらの技術なり産業なりを開発した先進社会は自分達の技術なり産業を温存するために、いったん獲得した自分たちの技術と産業から得る利益、ひとことで言えば既得権益を後退させたり一部を放棄したりすることは断固として拒む。
そのくせ、後から技術や産業を必死で獲得し、それによって経済的発展を望む後進社会がこれらの技術や産業を発展させ続けることにはストップをかける。われわれと同じ道を辿ることは、人類のために有害だから止めなさい。自分達の権利を保持したままですよ。自分たちは先発の危険を冒し、投資をし、その結果、人類の文明の発達と技術的進歩に貢献した。おれたちの祖先やおれたちがやったことは正しい。だが、もう限界だ。これ以上続けると地球の将来と人類の存続に危険が生じるから止めなさい。
後から技術的経済的発展を望むことは人類全体のためには悪だからみんなで規制しよう。こういった論理はいったい何にもとづいてなされているのかという基本的な疑問をペルグラン氏に投げかけたい。
私はその答えは明白で、言うをまたないと思う。先進国、つまり白人がマジョリテイーを占める先進工業国のエゴイズムに他ならないと言うことです。先進工業国は前世紀に広大な植民地を支配し収奪した。その富で築き上げたものが科学技術文明と今日の産業経済です。自由と法治国家、民主主義を守るために、フランスと英国の核実験が必要だとペルグラン氏は言われました。
しかし、工場廃棄物や温室効果ガスをこれまでたれ流し続けてきたのは利益の獲得をほしいままにしようとした民間企業だったではないでしょうか?取り締まるべき国は義務を怠ってきたのではないですか?
放射性廃棄物に至っては国が犯罪を犯しています。いったい半減期が三十年、百年、二百年、長いものでは一万年といった放射性物質を海底や岩塩の下に捨てて、誰が未来の地球に対し安全を保証できるのですか?ガラス詰めにして深海に捨てたり、岩塩の層の下に貯蔵したり、核爆発しなくても先進工業国は毎日、放射性物質の危険な集積を増やし続けているのですよ。
それでも足らずに核爆弾の実験をして放射能の灰と雨を降らし、美しい珊瑚礁を破壊し、南洋に住む魚を汚染するのですか?
南太平洋で漁業で暮らしている漁民たちはどうすれば良いのですか?
一九六五年にNATOを脱退したフランスは一九六六年からムルロワ環礁で核実験を行って来ました。六〇年代は毎年五・六回、七〇年代は毎年平均して十回、八〇年代は毎年八回、九〇年と九一年に六回行い、九五年までの三年間だけ行わなかった。
それが九五年に入り再開されるのです。
私たちは、環境保護を願う世界中の住民の支持のもとに南太平洋の平和を望む市民と連帯し、あらゆる環境汚染に反対する運動を展開して来ました。一九八二年には私たちNGOの先輩にあたるグリーンピースのメンバーが核実験場であるムルロワ環礁に十二マイルまで近づき示威行為を行いました。これに対しフランス軍は船舶検査を強行し、フランス領ポリネシアから二人の会員を追放しました。
さらに驚くべき事件が起きました。グリーンピースが、世界中の地球環境の保護を願う良心的市民の貴重な寄付により購入した船、レインボーワリアー号が、一九八五年のムルロワでの核実験に反対の示威行為の準備のために、ニュージーランドのオークランド港に停泊中、フランスの秘密情報員の手によって爆破され、乗組員の一人、ポルトガル人のカメラマンが死亡したのです。
この事件はかなり大きく報道されましたので皆さんもご存知かと思いますが、当時の社会党内閣は、防衛大臣が知っていて承認したと表明しましたが、首相も、ミッテラン大統領も、私は知らなかったと、知らぬ顔の半兵衛を決めこんだ。人命を奪うリスクを冒してまでも行わねばならない大切な核実験の遂行にかかわる作戦行動を一国の首相や大統領が知らないなんてことがありうるでしょうか? シラをきったのが見えすいてます。
このような環境保護運動への妨害にもめげず、私たちグリーンミッションは今回のムルロワでの一連の核実験に反対の行動に立ちあがりました。南太平洋の島々の住人、タヒチやニューカレドニア、トンガ、フィジー、サモア、クック島やマーケサス諸島の住人たちは皆われわれを支持してくれています。オーストラリア、ニュージーランドは政府がフランスの核実験に対し抗議声明を発表しています。また、世界で唯一の核の被爆国日本では多くの市民がこの実験に反対し、フランス製品のボイコット運動が起っています。
本当にこの実験が今、必要なのか? 世界中が実験を全面的に停止しようと意見が一致し、その方向へ動いている時に、世論を逆なでするように核実験をする。世論に逆行するだけでなく、自ら包括的核実験禁止条約を提唱しイニシアチブを取りながら、条約発効までのわずかな期間に駆け込み実験をする。この甚だしい矛盾。フランスの行うことはすべて正しいと考えているのではないかと疑わせるような時代錯誤な、大国主義、夜郎自大的ナルシシズムに世界中の良識ある市民があっけに
とられて今回のフランスの核実験の強行を見ているという事実を関係者はどうお考えでしょうか。」
右脇で、しかめ面をしたり、冷笑したり、ふくれ面をし、青白くなって聴いていたペルグランがすかさず手を挙げ、発言を求めた。
ジョンという赤毛の青年は自席に戻り、司会者が壇に立って、「ペルグランさんどうぞ」と発言を許した。
(つづく)