「ソ連の崩壊は核兵器や核の原料がこれらの国に流出する危険を生みました。フランスがイラクに輸出した原発はイスラエル空軍により破壊されましたが、イラク軍が近隣の住民に化学兵器を使用したことは皆さんの記憶に新しいことです。
アメリカとフランスとイギリスは自由主義を建前とする国です。主権在民の原理が確立されており、為政者を国民が批判でき交代させることが出来ます。核のボタンを大統領は押すことが出来るがそれは国民から委ねられた信任によるものです。これらの民主主義国家には、軍の民間による管理が確立していて軍が暴走する事はありません。
今、こうした民主国家が核兵器を放棄し、専制的軍事国家が核武装した場合を想定して下さい。どちらが軍事的に優位に立ちますか? ギリシャのアテナイとスパルタの例を見て下さい。民主主義国家は軍事的に弱いのです。核兵器に関する限り本源的平等はありえない。そのようなナイーヴなことは考えてはいけません。本源的平等というような建前はユートピアでのみ可能で、現実の国際社会では有り得ないし、あり得ると考えては危険です。われわれ核をすでに保有する国は核戦争を起こさぬよう、核がこれ以上拡散せず、縮小できる方向で監視し、核の非拡散を実行させる義務と責任があると考えます。
核兵器は残念ながら国際社会にあって依然として軍事力と権力の重要な象徴です。民主主義国家にあっては核兵器は政治的な武器であり、それは信頼と安全により統治されています。国際舞台で唯一アメリカ合衆国だけがその政治的力を維持しながら核兵器を縮小できますが、フランスと英国は核という軍事力の象徴を失っては政治的力を維持できません。
それゆえに、核実験の全面禁止を提唱しながら条約発効までの期間、必要最低限の実験をするという一見矛盾に満ちた行動をとっているのです。ある一部の国から非難を受け、商業的影響を受けているようですが、これが世界の平和維持に現実的に責任を持つ現政権が必要と判断し決定した政治的選択なのです。
実験の意味は従来の大型の地対地、大陸間弾道弾を廃止し、新型の小型戦略的核打撃力の確実性を検証するためのものであり、核軍縮の一段階として不可欠のものです。
核の抑止力とは、保持している核が、万が一の場合に確実に作動すると知らしめる事によりはじめて、政治的な力を発揮し得るものです。これが今回の実験の意味と必要性であり、核時代の悲しい真実であります。以上です」
ペルグランは軍人らしい挨拶の仕方をして終わった。
(つづく)