前回投稿した記事に、科学技術が産んだ不幸というような言葉を書いた。
めのおの最後の職場はフランスの自動車工場だったので、もう10年以上経ちそろそろ記憶が薄れ始め、忘れないうちに体験を書いておこうと思う。すでにこのブログにも投稿したことがあり、繰り返しになるところもあり、前からの読者には申し訳ないですがご寛恕ねがいます。
まず、いきなり単純化のそしりを怖れずに言いますと、現代社会の基礎、われわれが生きている現代の社会の基本は20世紀に築かれ、それは物事の「極限までの細分化」に基づいていると思う。
代表が原子物理学で、物質を極限まで細分化し、原子を構成する素粒子、中性子、電子というところまで細かく分けた。
原子物理学の応用が原子爆弾に始まる核兵器であり、原子炉で発生する熱を利用した原発だ。
「細分化」の社会的組織、労働と生産組織への応用が「分業」ということになる。
本来ひと塊のまとまったものを人間の思考力、むしろ数学的な解析能力を発揮して幾つもの部分に細分化した。
生産の現場で言えば、それは部品を造るメーカーであり、部品をバランス良く組み合わせ総合的に一個の製品(商品)を作り上げる組立ラインの工程が代表的なものと言える。
自動車工場の経験から言うと、スチールのロールに始まって完成車が出来るまでの工程は、大きく四つのショップから成っている。
素のスチールのロールを巻き戻して平らな板に切る機械:ブランキング。この板は車のボデーを構成するパーツにプレスを通して形成される。ルーフとかボンネットとかドアとかサイドパネルとか……。
プレスは4000トン級の大型の機械でトランスファー・プレスと呼ばれる。一台のプレスでスチールの板(プレート、パネル)を打ちぬいたり成形したりできる。
次のショップは溶接ライン。プレスから出てくるボデーのパーツをここで溶接し三次元の立体ボデーに貼り合わせる。
溶接ラインはほとんどがロボットによる。スポット溶接、アーク溶接を機械がやってくれる。人間はロボット溶接機の監視、データーを採り、メンテを行うのが主体。ボデーの柱や細かいが重要なパーツは人が手で溶接してるところもある。
プレスと溶接ショップを一緒にしてボデーショップと呼んでるメーカーもある。
ボデーから出てくる素地のままのボデーは油で汚れ溶接スパッターのゴミがついてるので洗浄し、塗装ショップへ送られる。
ボデーの下塗りは大きなプール:陰極と陽極をプールの壁とボデーに繋げ塗料の粒子が隅々まで完全に付着する工程を経て、塗料がベル型の噴霧器で吹き付けられる。色だけでなくメタルとか貝殻とか凝った塗装にはそれぞれの添加物が入れられる。
プレスでもほんの髪の毛ほどの太さのホコリが突起を作るし、塗装でもホコリは禁物。タレとか不具合はいつどこにでも発生する。
塗装工程も最近はほとんどロボットがやってくれる。人間は不具合をみつけ、治せるならラインの中で修正する。
ボデーの洗浄にも、塗装工程でも水が大量に使われる。工場の環境で注意すべきは空中に浮遊するさまざまな微粒子。工場で働く人は
この微粒子を毎日吸い込んでるので、ガンとか病気の原因を体内に取り込んでる。ほかにも騒音とかアーク溶接の光とか匂いとか工場内のストレスの要因は多い。
ボデーの塗装は錆止めの他に、色彩という好みとも関係する。流行もある。色により塗料の値段がかなり違う。白が一番安い。
ここまでが全部ボデーの工程。クルマの値段は半分がボデー、半分がエンジンといわれている。
塗装ショップを出たボデーは、いよいよ組立ラインに送られる。
この雑文を書く動機は主に組み立てラインにあるので、以後すこし詳しくなる。
組立ラインは流れ作業、生産工程における「分業」が徹底して行われる典型的な職場なのだ。
自動車の生産に世界で初めて流れ作業を取り入れたのはフォードで、T型フォードのおかげでクルマは庶民でも買える乗り物となった。
フォードとほぼ同じ時期にアメリカにフレデリック・テーラーが出て、労働界に初めて科学的考えを取り入れた。
作業の標準化、定量化、老若男女関係なく一定の仕事量に対し一定の賃金が支払われるべき、とした。それまで親方の「どんぶり勘定」で支払われていた賃金がある程度合理的な尺度により平等に測られ相応の賃金が支払われるようになった点は進歩であり肯定的な面として評価すべき。
アメリカで生まれたこの二人の産業人の思考と方法を「フォード・テーラー方式」と呼んでいる。20世紀、現代の産業を考えるうえでの基本で、ここから「労働における疎外」とか現代の哲学的課題も発生していると思う。
フォード生産方式にはもひとつ重要な点がある。それはむしろ文明論の領域と思う。フォードはユダヤ人嫌いで、そのフォードをヒトラーは尊敬していた。
チャップリンの有名な「モダンタイムス」がフォードの工場に代表される流れ作業で一日中おなじ作業を繰り返し、仕事が終わって家に帰ってもネジ締めの動作が出てしまう工員を面白可笑しく演じて、工場の作業を戯画化した。むかしチャップリンはユダヤ人かのように言われていたので、ははあ、だからユダヤ人嫌いのフォードを皮肉ったんだ、と早合点したが、チャップリンは英国人でユダヤ人ではない。
フランス人は演劇、映画、文学、芸術、総じて文化的な国民だから、チャップリンのモダンタイムスも人気があり、これだけが原因とは思わないが、工場の流れ作業による大量生産方式を批判する人は多い。
フォードがT型フォードを生産発売したのは1910年代のことで、フランスのルノーの創始者ルイ・ルノーはさっそくリヴァー・ルージュのフォード工場を見学に行き、流れ作業による組立ラインに魅惑され、フランスに帰るや、フランスでもやるんだと、準備も抜きにして即座にやれと命じた。しかし、流れ作業が巧く行くには、必要なパーツのロジステイックと工具が作業に携わる工員の手元にあり、必要な時にいつでも使える状態でなければスムーズに流れはしない。
それを無視して無理やりやれと命じても巧く行く筈がないのに、専制的経営者の代表のようなルイは頑固さが加わり、ついに45日間のストに突入してしまった。
ブローニュ・ビヤンクール工場のストとしてこれは労働史上最大のストのひとつだ。
ルイ・ルノーとヒトラー↑
フォードを尊敬していたヒトラーは、ドイツにも国民車を作れとばかり「フォルクス・ワーゲン」の生産を開始させ、アウトバーンを作った。このあたりは国民にも喜ばれ、ナチスが当初国民を挙げて支持された理由なのかと思う。
フォードは「シオン賢者の議定書」なる反ユダヤのデッチアゲの本を自身が持っていた新聞「デイアボーン・インデペンデント」に掲載し「国際ユダヤ人」と題して本としても出版した。
ヒトラーはこの本を大量に買い込み、応接間にフォードの写真を飾り、訪問者があるごとにこの「シオン賢者の議定書」を贈呈していた。
国家社会主義ドイツ労働党に影響を与え、ホロコーストを引き起こした。600万人のユダヤ人を短時間で殺害する方法、家畜運搬用の貨物列車で運び、ガス室に送り込み、窯で焼却するという、流れ作業、フォードの自動車工場と同じ工法を用いたのだった。
(つづく)





