数日前またもやフランスで乗用車がピザレストランに突っ込み、思春期の少女一人が死亡、7人が負傷する事件が起きた。
場所はパリに隣接するセーヌ・エ・マルヌ県の北部にある産業地区で、またもやBMWが使われた。クルマを運転しレストランに突っ込んだ殺人容疑者は無傷で逮捕され、精神鑑定を受けた。精神病の治療を受けていて、薬と同時に自分で麻薬を服用していた。
警察はまず犯人が自殺が目的でレストランに突っ込み、そこにいた客を冥土の旅の道連れにしたと推理した。
しかし、昨日ニュースで報じられた精神鑑定の結果、容疑者が突っ込んだ時の精神は正常で、殺人と傷害罪の責任を負う状態にあったと判定が下った。解説者は、まだこの判定は覆る可能性があるとコメントしていたが。
この鑑定結果が報じられる前、専門家は、容疑者は精神分裂病の疑いがある、とコメントしていた。最近は精神分裂病とは言わず、双極性統合失調症というらしい。
自殺に際して他人を道連れにしたいという症状はそれほど珍しくなくあるそうだ。道ずれにされる人にはこれ以上迷惑で不幸なことはない。
似たような症例で真っ先に思い出されるのは、2年前フランス南部のアルプスの山腹に激突したルフトハンザ系列航空会社の旅客機の墜落事故だ。副操縦士は主操縦士がトイレに立った後、コックピットの出入り口のドアをロックし、自動操縦装置を巡航速度にセットした。
そのまま飛行を続ければ、山腹に激突することは自明で自殺覚悟の犯罪行為だった。激突するまでの時間なんの操作もせず無言で死を待ち続けたことが回収されたレコーダーから明らかになった。
主操縦士が操縦席に戻ろうと必死でドアを斧で打ち破ろうとしたが、9・11以降ハイジャック防止のため強化されていたドアは開かず、乗客2百数十名を乗せたまま機は山腹に激突し、姿形をとどめる物はなにひとつないほど粉々に砕け散った。
副操縦士は精神病の治療を受けていて、ルフトハンザが格安航空会社の子会社を作った時、子会社へ移籍され、ルフトハンザの主パイロットになる夢が砕かれ、自殺を決意した。恋人には、「僕が死んだ後も長く歴史に名が残るようなことをするんだ」と漏らしていた。
めのおは、この事件をニュースで見ているときに、たぶんこの副操縦士は9・11の旅客機がNYの貿易センタービルに突っ込んだ時の様子を観ていて影響を受けたのではないか、と考えた。この副操縦士が思春期の頃に9・11が起きた。
その後、世界各地で頻発したイスラム過激派の「自爆テロ」は、この流れを汲んだ。
自殺、自分の命と引き換えに、見ず知らず、無辜の市民を道ずれに恐怖を伝播し、世界の現状に不満を抱き、既存の正義が間違っており、われらこそ真の正義を体現するものであるとのプロパガンダに「自爆テロ」を使った。
話は少し肥大化するが、核ミサイルをグアムに打ち込むぞ、と恫喝を続けていたあの刈り上げ肥満児の思考とこれらの自殺志向型テロリストとに共通点がある。
核兵器の全面廃棄をめざし、核の使用を禁止した条約が採択されたが、核保有国はどこも参加しなかった。USAの核の傘に守られている日本は会議に参加しなかった。数年前、オランダのハーグにある国際裁判所で「核の使用は人道に反する犯罪である」として「核の使用の禁止」を目指した裁判が行われた。国連が「包括的核不拡散条約」の成立を目指し、核保有国と非保有国の対立を解決できなかった状況に突破口が開かれるかと期待したが果たされなかった。日本からも一人裁判官として判定に携わった方がおられたが、「核攻撃を受けた場合も核の使用を禁止すべきとすることはできない」として最終的に核の使用の全面禁止に反対票を投じられた、と記憶している。
われわれが生きている現代とは、かくも危険な「核」による「気が狂いそうな」ほどの恐怖を日常感じさせる時代だ。
美食で肥満顔の刈り上げお兄さんも、自国民の苦労をどこまで肌で感じてるのか?
むかし、毛沢東が「アメリカ帝国主義の核爆弾は張り子のトラ」と核の抑止力が無力であることを強調したが、言葉だけの争いはいつかは殺し合いに発展する。
自国民を盾にとって、自分らのイデオロギーこそ正義であり、それを肯定しない者は殺されるべきである、といった思考はどこか狂っている。
その元凶が核にあるのか? どこにあるのか? 核だけではなくほかにもあるとすればそれを探らねばならない。
北がまだ労働者の独裁による理想社会の実現をイデオロギーに掲げているのか?
としたら、すでに済んだかに見えた東西二大陣営による二極構造がいまだ根を残し、変形しながら復活するようにも見える。
西の資本主義社会は資本家による所有と搾取の形態が変貌したし、経営者が資本家とは限らない状況が一般化した。
なにより福祉政策の拡充で労働者・市民は産業革命当時とは比較にならない社会保障を享受している。
アフリカにみる貧困や政治危機、難民問題や環境破壊の問題がより深刻なのが現代社会だと思う。
核兵器による破壊は極端な環境破壊だし、激烈な人命剥奪でテロのうちで最も過激なものだ。
人間の科学技術が産み出した核兵器。食品に含まれる有害化学物質。温暖化現象による気候変動。いまのまま現状を続けていれば、やがては人類社会は取り返しのつかない破滅に直面する。
こうした社会が変わらない限り、常軌を逸した人が出て来てもおかしくない、と思う。
狂ってるのは社会なのか? 狂った社会に平気で暮らす人々の方が狂人で、狂人と見做される人はあるいは狂った社会の過敏な犠牲者かもしれないではないか? と思うこの頃である。
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