2360mのイゾアール峠登坂の激戦を制したのは二人のフランス人選手でした。
ステージ優勝は今回2度目の赤玉ジャージを着たワレン・バルギル選手でした。
ゴール前約2kmの急坂をすいすいといかにも楽しそうに笑顔を振りまきながら上り、先行していた選手をつぎつぎと抜いてゴールラインを切ったワレン選手は本当に嬉しそうでした。
それもその筈、ワレン選手は昨年、練習中に伴走の自動車とバイクが起こした事故に巻き込まれて生死の境を彷徨い、膝の手術をしたばかり。レースへの復帰さえ危ぶまれた状態からみごとに勝ち取った勝利だったからです。
同じように転倒事故で意識不明となり生死の間を彷徨った状態から復帰したコンタドール選手がやはり気になったのでしょう。上り坂でスパートを掛けるまえにコンタドールの様子を見て、すぐにはアタック(スパート)を掛けないと確かめてから、スパートしたとレース後のインタヴューで語っていました。
清流に沿って走るTDF第18ステージ↑
この日の注目は個人総合3位のフランスの若手ロマン・バルデ選手がどこまでトップのクリストファー・フルーム選手に迫りタイム差を縮められるかにありました。
前日も登坂が主体のレースでしたが、バルデ選手のチームメイト (AG2RLM)が一人も傍に居らず、しかもきつい向かい風だったのでフルーム選手に密着しながらも、2・3度短いアタックを試みたのみで終わったのでした。
第18ステージは、TDF伝統の難所、イゾアール峠 Col d'Izoard 2360mへの登坂がゴール直前に待ち受けています。
18ステージのゴールとなったイゾアール峠↑ 2360mと酸素も希薄の高所です。
レース前半はいつものようにフルーム選手がチームリーダーを務める英国のSKY チームがきれいに一列を作って8人(9人いるうち一人が怪我で棄権)時に5人最後は2人くらいになりフルーム選手がエネルギーをロスしないよう先導してゆきました。
ところが、最初の難所ヴァルス峠を越えレースの後半に入るとSKYに替わりAG2RLMチームがプロトンの先頭を切るようになりました。
この日が今回のレースの勝敗を決める最後のチャンス。登坂を征するものが最強のレーサーなのです。ロマン・バルデがなにか仕掛けるだろう、というのが解説者の意見でした。
ゴール前5kmの地点でCofidis 所属イタリア人の Navaro選手がスパートし、続いて二人の選手、アレクセイ・リュセンカ(ASTANA)とロマン・シカール選手が追いかけました。
さらにフランスのトニー・ガロパン選手、コロンビアのアタピューマ Atapuma 選手がスパート。この日はコロンビアの独立記念日とありその後アタピューマ 選手は独走を続けそのままトップでゴールするかに見えました。
しかし、リュセンカ、シカール選手に続いてスパートしたワレン・バルギル選手は登坂に強く、ぐんぐん差を詰め、ゴール前1・5kmでついにリュセンカとアタピューマ 選手を抜きさりトップに立ったのでした。
フルーム選手とバルデ選手の先導役を務めていたチームメイトはそれぞれ力を使い果たして後退し、中には停まって休む選手さえいました。
フルーム、バルデ、ウラン・リゴベルト選手は各人単独で先頭を争います。
バルデがなんどか仕掛けますが、そのたびにフルーム選手は反撃、時に逆にリードを奪われます。
ワレン選手が両手を空に向け喜びのゴールをした後、バルデ選手は最後の力を振り絞ってフルーム、リゴベルトを振り切ってゴールイン。
個人総合で2位になり、トップのフルーム選手との差を23秒に縮めました。
3位はウラン・リゴベルト選手でトップとの差29秒。
4位にフルーム選手に最後まで付き添ったSKYチームのスペイン人ランダ・ミケル選手。
イタリアのファビオ・アルー選手は5位と表彰台に上るチャンスを失いました。
この日ステージ優勝を飾ったワレン・バルギル選手は総合では9位。
コンタドール10位。キンタナは12位となりました。
日本の新城選手ですが、この日も沿道に日の丸が振られる光景が見られました。
新城(あらしろ)ゆきや選手は1984年9月22日、Ishigaki (石垣島?)生まれとありますから、33歳ですね。
所属チームはバーレン・メリダ BAHRAIN-MERIDA 。第18ステージ終了後の個人総合成績は108位となりました。
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