コレットという作家をご存知ですか?
Sidonie-Gabrielle Colette シドニ・ガブリエル・コレット(1873~1954)。
「20世紀前半の最も著名な女流作家の一人。鋭敏な感覚と洗練された感性で未知の領域を開拓した」と辞書(ブリタニカ)にあります。
めのおは高校に入学してすぐの15か16の歳に「青い麦」を新潮世界文学全集で読んだ記憶があります。
三島由紀夫が好きだと書いてますね。
猫が好きで「牝猫 Chatte 」という小説も代表作とされてます。
昨日、朝トレーニングに出かけたのは、カミサンが11時に診療所の内科のドクターとアポを取っていたからでした。
クルマはペーパードライバーだし自転車は転んで怪我した経験があるので怖くて乗れない、運動がからきしダメ(唯一水泳だけ)なカミサンを診療所のある隣村のサン・ソヴールまで送って行きました。
この診療所は3年ほど前に出来たばかりで、内科医と専門医と10人ほどのドクターがそれぞれキャビネ(診療・治療室)を持って受付に秘書のマダムがいる、といった小規模の病院なのです。メゾン・ド・ラ・サンテ(ヘルス・センター)と呼んでます。
診療所は古いシャトーの庭の外れにあります。
カミサンが診療を受けてる間、めのおは近所を散歩したり、古本屋でめぼしい本をあさったりするのです。
さて、この古いシャトーは「コレット記念館」ミューゼアムになってます。
さらに、パーキングの入り口から数十歩のところに「コレットの生家」があるのです。
昨年、生家がリノベされミュゼアムとして一般公開されています。
コレットの両親ともこの地方の出身ではなく、父親は税務署長としてこの地に派遣されたということです。
この町では名士だったのでしょうね。家も18世紀風のすっきりした広い家です。
壁に「ここでコレットが生まれた」と表示があります。
路地の名も「コレット通り」。
コレットは20代で40代の作家ウイリーと結婚し、夫の奨めで書いた少女時代を扱う自伝的小説「学校のクローデインヌ」 Claudine à l'école 以下4冊のクローデインヌ・シリーズで認められました。
パリへ出てからはミュージックホールの舞台に立つなど奔放な生活をし、1906年に離婚、1913年に再婚しています。第一次大戦に記者として従軍したりもしています。
流行作家となってからはコレットは生まれ故郷にいちども帰ることはなかったそうですが、この地域の思い出をずっと持ち続けたようです。周辺の景色↓
生家は緩い坂道に建っていて、入り口は石段があります。路地を隔てて石段の向かいに小さな庭があり、この家に付属してるようです↓
見慣れない花が咲いてました。なんという名前だろう?
バラとアヤメ↓
バラと生家の窓↓
土塀もこの地域のオーカーの土と鉄分を含んだ濃い褐色の石でできています↓
サン・ソヴールの広場へ行く道。薬局と右手の奥石段のある家がいつも入る古本屋(ブキニスト)ですが、昼休みか閉まってました↓
広場のカフェ↓
広場の北側↓
カミサンがアポを取ったドクターはここの選挙区でマクロン大統領を支持する新党「共和国前進」から国会議員に立候補していて、日曜(18日)の第二回投票に向けて選挙活動で多忙らしく代診の女医さんだったが気持ちよく診てくれたということでした。
胃に雑菌が増えてるかもしれず血液検査の処方箋と足の水虫をめのおからうつされこれまで塗っていた薬は効かないのでもっと強力な薬を処方箋に書いてもらい薬局へ買いに行くそうです。
血液検査はサンファルジョーにもラボラトリーがあるので、朝7時と早いですが、待合室で順番待ちをして看護師さんに採血してもらいます。
今日は溜まったペットボトルや猫のエサが入った段ボール箱や古雑誌、ビニール袋、空き瓶などをスーパーの脇にある大きなゴミ入れに仕分けして捨てに行き、その後、トレーニングに昨日とほぼ同じコースをもっと長い距離にして回る予定です。
伸びすぎた庭木の剪定を夕方やらなきゃ。
来週半ばまでは晴天が続く予報なのでお天気のいいときに羽根布団の丸洗いをジアンまで行ってコインランドリーでやるとこれはカミサンのリクエストです。
(;^_^A
















