雄鶏と真珠
ある日雄鶏が真珠を
土から突きだし
それをすぐに宝石商に与えた。
綺麗だけどね、雄鶏は言った。
粉ひき場のちっちゃな穀粒のほうが
ずっといいや。
無知な男が遺産に
古文書を相続し
隣の本屋に持って行った。
価値あるものと思うけど
銀貨のほうが
ずっといいや。
Le Coq et la perle
Un jour un Coq détourna
Une perle qu'il donna
Au beau premier Lapidaire :
Je la crois fine, dit-il ;
Mais le moindre grain de mil
Serait bien mieux mon affaire.
Un ignorant hérita
D'un manuscrit qu'il porta
Chez son voisin le Libraire.
Je crois, dit-il, qu'il est bon ;
Mais le moindre ducaton
Serait bien mieux mon affaire.
<フランス語メモ>
ducaton ducat は金貨、ducaton は半デユカ か銀貨。
ヴェネチアとオランダの ducaton があった。
You Tube の朗読がみつかったので貼り付けておきます。
ラ・フォンテーヌは、この寓話の初めの6行詩を
フェードル(ファエドルス)から取りました。
「本歌取り」ですね。
6行詩は、多く3種類の脚韻によって構成されます。
ここでは na-na aire-aire il-il の脚韻 が前半の6行に、
ta-ta aire-aire bon-ton の脚韻が後半に、といった具合です。
フェードル:17世紀フランスの最大の悲劇作家ラシーヌに同名の悲劇がありますが、このフェードルは寓話作家のフェードルで、紀元前14年に生れ紀元後50年に没したローマ時代の人。5巻の寓話を残しました。うち3分の1は、イソップの寓話をギリシャ語からラテン語に翻訳したもの、3分の2がフェードル自身の創作によるもの、といわれています。
↑ 1745年にオランダで出版されたフェードルの寓話の表紙
ラ・フォンテーヌは各所でフェードルの言葉を引用しています。
ところで、寓話の親ともいうべき「イソップ」はどんな人物だったのでしょうか?
Aesop イソップは紀元前6世紀(ほぼ620年ごろ)黒海沿岸のThrace というところで生まれた、との言い伝えがあるだけで、イソップの生涯を証拠づける文書は何も残っていません。ただ、
アリストテレスとヘロトドスがイソップの生涯についての伝承を書いており、それによると、イソップはサモス島で奴隷の身だったが、主人の計らいにより解放され、デルフォイにやって来た、とあります。
また、プルタルコスが伝えるところによれば、イソップはリデイア王クロエソスの外交使命を帯びてデルフォイにやって来たが、デルフォイ市民を侮辱したため死刑の宣告を受け、崖から突き落とされたといいます。
イソップの姿が描かれた版画を2点、お借りして添付します。いずれも侏儒でせむし男の姿が描かれています。
↑ イソップと神官
日本で「イソップ寓話集」が紹介されたのは、文禄2(1593)年、天草耶蘇会が刊行したローマ字による「Esopono Fabulas エソポのハブラス」が最初とされています。
ついで、元和1(1615)年に、仮名草子「伊曾保物語」が64の寓話を入れて出版されました。




