絵を見る時の第一印象はとてもだいじだと思う。
この絵を一目見て真っ先に感じることはなんだろうか?
どこか不思議なマジックのような、魔法に出会わせたみたいな独特の雰囲気。手品師の変わった衣装と帽子と表情。観客達のアラブ風な衣装や肩掛けや頭巾や帽子。
右側に一人だけこれから手品を始めようと右手の指に球を挟んで差出し観客の注意を惹こうとしている手品師がいる。濃いセピアとグレーの 混ざり合ったブロック塀(これがなんとも不思議で、後に触れる)のような暗く単調な背景にくっきりと浮き出ている。
左側の子供も含め10人の観衆というか野次馬たちはひと塊になって手品師と際立った対照をなしている。
前面の上体をくの字に折り手品師が見せている球をもっとよく見ようと顔を突き出している人物(男か女か定かでない)と脚にまとわりつくようにしている子供、腰を曲げた人物から財布を盗み取ろうとしている白い寛衣に黒のチョッキを掛け頭に長い頭巾を巻いている男。この三人はすぐに目につき、この絵に漫画風の愉快な喜劇的な要素を与えている。
作者探しはひとまず置いて、こういう街中の町人たちの日常的な光景を描いた絵は、それまでの宗教画、肖像画、風景画、歴史画とちがって新しい分野。「peinture de genre」ジャンル画といってもなにかわからないので「風俗画」とでも訳したらいいか?
市民や子供に娯楽として提供しながらちょっとした道徳的教訓を与えるような風刺絵。
15~16世紀のフランドルや独立前のオランダに一種の流行としてあったらしい。めのおが好きなブリューゲルにもこの種の絵がいくつかある。たとえば、道徳性は薄いけれど子供の日常を描いたこんなデッサンがある。
貴族風な女性(ロバ Ane と聖母アンナをかけたものか?)にお尻をむきだしにされお仕置きを受けてる子供。ほかの子もOchinchin 丸出しだったり N'co してるのか紙を差し出している。
「手品師」に戻ろう。
前面の三人を除き、背後の7人は、顔が同一線上に並び、表情に乏しく、とても静かに見える。
これが、ヒエロニムス・ボッシュの作だと言われると、はて、ほんとかな? と感じてしまう。その感じはどこからくるのか?
まず、背後のブロック塀みたいなのっぺらぼうの壁。それは人物を浮きだたせるには効果的だけれど、画面から奥行きを奪い、空間を感じさせない。どこか切り紙細工のような、日本の漆絵のような工芸品的なものを感じさせる。
工芸品として、この絵は高い品質を持ち優れた作品だと思う。だが、巨匠の作とするには…。
前回、この絵の支持材に使われているパネル(木材の板)の年輪を分析した調査で、この絵が描かれた年代が1496年以降、1500年代の初頭と確かめられたと書いた。
ボッシュは1516年まで生きたので、晩年にこの「手品師」を描いたと説を立てても年代的には可能だ。
では、画家の円熟期にあたる1500年から1510年に描かれた作品を観てみよう。
「バガボン」(放浪者)または「コルポルトウール Le Colporteur (背中に商品を背負って売り歩く行商人)」と題されたこの作品は1500-1510年に「カナの饗宴の三つ折り画」の裏に描かれた。
いまにも動き出しそうな人物のポーズ。ひねられた首と肩の関係、顔の表情。そしてなによりも背後の家と立ち木、奥の砂丘みたいな白い盛り土と森、画面に奥行きがあり、空間が感じられる。着ているボロや包帯、帽子にもちゃんとした布の質感がある。
つぎの画像は、表側の「カナの饗宴」の一部(三つ折りの左上の部分)。
人物の顔の表情は豊かだし、それぞれに動きが感じられる。
展示会ではルーブル所蔵のボッシュのデッサンのデジタル画像を見ることが出来た。同じ「手品師」制作のための下描きか? それにしても 人物の配置はずっと動的だ。
3点を参照しただけでは不十分かもしれないが、これだけでも当美術館所蔵の「手品師」とは画風がかなりちがうことがわかる。
熟年期の巨匠がわざわざ画風を変えてまで「風俗画」を描くだろうか? 画風はそんなにたやすく変えられるものなのだろうか?
同じ「手品師」をテーマにした絵は、リエージュ、ミュンヘン、アムステルダム、ニューヨーク、ナポリ、ロンドン、ウイーンとまさに十指に余るコピーがある。
ミュンヘンの手品師↑
なかでも有名なのはフィラデルフィア(1906年に発見)とエルサレム(1967年)のものでどちらも木製のパネルに描かれている。
フィラデルフィアの手品師
エルサレムの手品師
サンジェルマンの絵とは少しずつ細部が違っているが、人物の配置はみな同じなことに驚く。
今日はクリスマスなのでこの辺でやめて置いて、いったん美術館から外へ出る。教会の裏は細く曲がりくねった路地が連なっていて中世の面影を残し好ましい。小さいがクリスマス・マーケットがあったのでスマホに収めた。
Joyeux Noël !!
(つづく)








