保守・中道陣営の大統領候補を選ぶ身内の選挙なのだが、アラン・ジュッペは最初から大統領選であるかのような国民全体に向けた一般的政策演説をした。ジュッペはここで大きな過ちを犯したのだった。
これに対しフランソワ・フィヨンはずっと戦略的で、一回目の投票では、他の候補者、特に本命と見られていた元大統領のニコラ・サルコジを追い落とす戦術を採った。
フィヨンは3年前からフランスの各地を回り、市民一人一人と直接対話を続けて国民が心底から望んでいることを理解し戦略を練った。そして選挙運動を無償で展開してくれる多くの若い支持者を獲得し、彼らが熱心な支持運動を展開したことによって今回の圧倒的勝利をものにした。そのことは昨夜の勝利が確定した段階でフィヨンが行った支持者への感謝のスピーチとジェスチュアによっても明らかにされた。
サルコジは、2007年の大統領選に際してピグマリオン社を介しての規制を大幅に上回る選挙資金の使用、フランス第一の富豪、化粧品会社ロレアルの社長ベタンクール女史からの不正資金収賄疑惑、今回の予備選の直前にマスコミに公表された故カダフィ前リビア大統領からの数回にわたる数百万€の現金収賄の疑惑。それらの疑惑により予審判事から喚問されたが自ら弁護士でもあり巧みな弁明によってか、すべて無罪放免された。しかし、国民は彼の言動の裏に誤魔化しや不正を言いくるめるシャルラタン(詐欺師)の影を敏感に読み取っていたのだ。
シラクあたりからフランスの保守政治家に権謀術数、資金工作、マグイユ(闇取引)が日常茶飯事となりマフィア的色彩が濃度を増した。サルコジの時代に頂点に達したのだが、国民はそうした政治家の姿に嫌悪を抱いていた。今回のフランソワ・フィヨン勝利でそれは明らかになった。
ジャック・シラクの政治資金作りは様々で、相撲が好きだと公言して毎年日本へ行くなど、本来の目的は資金工作だったことは今や公然の事実として明らかにされているし、筆者が知る範囲でも日本人からフランス人となった画家藤田嗣治(夫人)がパリ市に寄贈した3枚の大作をいずこかへ売却して政治資金としたと推測される。
パリ市役所に架空の職員を設け給与を政治資金化したのだが、シラクの財務担当として責任を負ったのがアラン・ジュッペだった。いわばジュッペはシラクの身代わりとして1年間服役したのだった。
その点を人格的に評価し敬意を抱く人もいるが、お人好しだった、利用されただけじゃないか、と逆に大統領には向かないと否定的に 受け止められたことも事実だろう。
とまれ、昨日の2017年5月の大統領選に向けての保守・中道陣営の候補者を決める決選投票の結果は、フランスワ・フィヨン66.6%、 アラン・ジュッペ33.4%と大差でフィヨンが勝利した。この数字は27日夜10時時点のもので9713の投票所の開票結果を集計したもの。 最終的な数字は28日中に発表される。(なお、前回の記事に投票所の数を千幾つと書きましたが、正しくは一桁多い10228か所でした。)
面白いのは投票者の色分けで、昨日の投票者数450万人のうち、保守65%は当然として、15%が左翼、さらに9%のFN(極右)支持の人たちが居たことだった。
5年間の社会党出身のオランド大統領の治世はたび重なる航空機事故やISテロで一刻も休まる時間が無かったが、様々なセレモニーに 出るばかりで抜本的な失業対策も景気振興策も打ち出せず、何もしない大統領として支持率は一桁まで下落し、最後は弾劾決議案提出が 取り沙汰される事態にまで落ち込んでしまった。
フランソワ・フィヨンの政策は、フランスの伝統的保守、1960年代に逆行する反動的政策だと左翼は批判するが、現状を打破したいと思うのは左翼とて同じなので、先立つ資金的基盤がないままに、綺麗ごとをならべ、ユートピアを夢見させるのはもはや子供だましとすぐに見破られるし、いちどゼロに戻って出直すというのも、勇気の要る変革であることに間違いないように思う。
↑フランソワ・フィヨンは24時間レースでお馴染のル・マンの出身で、大の車好き。自らもレーシングカーを運転する。

