昨日と一昨日はこの地域で大気温36℃、場所により40℃を超える酷暑日だった。プールへ行ったが、芋の子を洗うほどではなかったが泳ぐと人にぶつかる混みよう。夕方、雷が落ち、電話とインターネットは数秒前にコンセントを抜いて紙一重で助かった。夕立のお蔭で今日は少し涼しくなった。
増水から一か月後のセーヌ河畔。水は澄んで泳ぎたいほど。
7月14日夜のニースでの惨劇の後、フランスの国会では19日に上院、続いて20日には下院で深夜まで討議を続け、結局上下両院とも圧倒的多数で「緊急事態」の6か月延長を可決した。
14日の惨劇の直前にはオランド大統領は7月26日には「緊急事態」を停止すると発言したのだが、急遽、延長を提議することとなった。
野党(主に保守リベラルの共和党、それに極右のFN国民戦線)から政府はテロから国民を守るため十分な措置を取っていない、無能であり大統領、首相、内務大臣は辞任すべきだと突き上げられていたのだが……。
「緊急事態」の施行下にもかかわらず、ニースで大型トラックによる暴走という予想もしなかった手段によるテロで多数の犠牲者を出してしまったことにより、「緊急事態」は単なる今まで通りの法形態の延長というのではなく、より有効な具体的措置を可能にするために憲法の規定に様々な付帯条項が提案され、それぞれにつき上下議会で細かく議論された。
そのため上下とも6時間余の議論がなされた。「緊急事態」があくまで一時的な、例外的なものか? それとも憲法の改定に及ぶ恒常的なものなのか? 根本的な問題について与野党間で激しい論戦が繰り広げられた。
シャルリー・ヘブドとバタクラン劇場襲撃のあと、大統領も首相も「戦争」という言葉を使った。実際の戦争ならば「戒厳令」にあたるが、いまは違った形で、戦争という言葉は比喩的に使われている。実際は秘密裏にフランス軍は、リビア、マリ、などイスラム国と関係ある国へ偵察のために軍人を派遣しており、昨日もリビアで3人の軍人がヘリコプターが墜落し死亡とニュースが流れた。
「緊急事態」を巡る議論は、個人の自由の侵害、人権の問題と公共の秩序、国民の安全確保に関係する重要な問題で、フランスだけでなく、今日本でも現政権が「秘密保護法」と「緊急事態」を成立させようとしてる(既に成立した?)ことにも見られるとおり、インターネットをつうじての情報・表現の自由と、その閲覧を通して過激なテロ行為を実行に移す個人をどうやって事前に発見しテロを阻止することが出来るか? それと、歴史的に軍国主義国家を許してしまった日本の過去の独裁政権による言論・集会の自由への弾圧の危険といった問題をどのように整合させて実際に安全を確保できる体制を築けるのか? が今回のフランス国会での議論を通じて基本に流れる課題だった。
フランスでは共産党が今回の「緊急事態」延長法案に反対した。現行法律だけで十分にテロの危険に対応できる、というのが理由で、基本には個人の自由・人権の侵害への危険があるとの伝統的思想からのもの。
野党からは政府はテロリストの個人的自由を守らねばなどという人権思想、ヒューマニズムに捉われ、充分なテロ対策をしてこなかったと批判があいついだ。
「緊急事態」という法的体制を整えるだけで、具体的なテロの危険のある人物に、GPSで監視できるブラスレットをつけたりしなかった。テロリストの自由を守るなど必要ない事であり、逆にシリアへ行って軍事訓練を受けてフランスへ戻って来た青年など、フランスに敵対する人間なのだから国外追放に処すべきだ、オランド大統領も次の大統領選で、伝統的に左翼に投票する移民、マグレブからのイスラム勢力の票をあてにしてるので(と、これは国会での発言ではないけれど)イスラムに甘いのだ、というのが野党に共通した認識のようだ。
ヴァルス首相は、これに対して、「緊急事態」はあくまで、法治国家の憲法をはじめとする法体系のもとで行われねばならず、共和国の基本思想を逸脱してはならない、と激しく応酬した。
この問題は重要で、むずかしい問題なので、も少し調べ勉強してから、別の機会に書くことにする。
今日は、ずっと具体的なニースの花火大会に、大型トラックがどうやって侵入できたか? をめぐって書こう。
もともとニース市内は3.5トン以上の貨物車は通行が禁止されている。例外はデリバリー(配送)だけ。ニースはフランスで最も監視体制の整った市で、至る所に監視カメラが設置されている。
7月14日の前に、ムハメッド・ブーレルはレンタルした19トントラックで現場を走り事前点検をしている。その様子が監視カメラ(Videosurveillance)にも映っている。なのに、なぜ当局は見逃したのか?
元ニース市長で、共和党副党首でもあるエステロジー氏は、政府が十分な保護体制を取らなかった、事件当日、国家警察の人数は予定以下で活動が不十分だった、と批判した。
リベラシオン紙によれば、監視カメラには、ニース市警察のパトカーが一台だけ、検問所の入り口の道路の海岸側に駐車してあるだけで、国家警察の警察官は一人もいない。トラックを阻止するパトカーは一台もなかった。
これに対し、ベルナール・カズヌフ内務大臣は反論している。トラックが通過したこの最初の検問所は、車の通行を迂回させ、目視による点検をするためのもので、市警察は、打ち合わせで決められた通り、国家警察官をこの場所から移動させた。
国家警察は、保護と検問個所である、プロム・パーテイ Prom'Party のイヴェント・ゾーンの入り口の安全確保をし続けていた。ここには2台のパトカーが縦列駐車してあった。6人の国家警察官がこの場所に居て、この6人が殺人トラックに正面から立ち向かった最初の警官だった、従って、プロムナッド・デザングレに設けられたとProm'Party歩行者天国ゾーンの入口は国家警察が担当する検問所により安全が確保されていた、と内相は付け加えた。
ニース管轄のアルプ・マリテイム県庁は、「トラックが侵入した個所は、パトカーにより道路への侵入が物理的に阻まれており、テロリストの運転する大型トラックは歩道に乗り上げ、検問の通行止めを破り進行した、と証言した。
一方、トラックを運転しテロを実行したモハメッド・ブーレルの住居の家宅捜索により地下室からカラシニコフと銃弾の袋が見つかった。銃弾の入った袋には住所が書いてあり、それはモハメッド・ブーレルがスマホのSMSからメッセージを送った相手、22歳の男の住所だった。
モハメッド・ブーレルのスマホの解析により、グループで数か所でのテロが検討された様子。2015年8月15日の花火大会、2016年1月10日に行われたProm'Classic と呼ばれる競歩大会、さらに7月に行われたサッカーEURO、ヨーロッパ選手権のファン・ゾーン(競技場へ行けないファンのために巨大スクリーンで観戦できる場所)も攻撃候補として挙げられていた模様。
モハメッド・ブーレルは武器に使われた自動拳銃を38歳のアルバニア人男性から手に入れており、この男とその同伴者の40歳の女性、他に3人の男が警察監視下に置かれている。
ところで、モハメッド・ブーレルが凶器として使った19トン大型トラックをスクーターで追いかけ、運転席に飛び乗り、モハメッド・ブーレルを激しく殴り、運転を止めさせた勇敢な青年が居た、ことが今日のニュースで公表された。
青年はフランク Franck という名で、ニース空港に勤務している。14日の花火大会に遅れてしまったが、奥さんを後ろに乗せて、海岸でアイスクリームを食べに行こうとスクーターで現場に近づいた。
そこへ暴走トラックが突っ込んで来た。すぐにテロと気づき、奥さんを降ろし、トラックを追いかけて、運転席のドアに飛びついた。一旦は振り落とされ、トラックの下をくぐったが、走ってドアに飛びつき、運転席に入り込むことに成功。
「正気じゃなかったけど意識ははっきりしていた。死ぬ覚悟っていうか、とことんやってやるって気持ちだった。右利きなんだけど左手で思い切り数回運転手を殴った。顔も数発殴ったよ。ヤツはなんにも言わなかった。手に拳銃を持ってたが、弾を撃ち尽くしたのか壊れてたのか発射しなかった。ほんと言って死ぬところだったね! 警察はおれを犯人の一味、テロリストと思ったらしい。まあ、当然だね。すべてが終わって静かになってから、重要証人として警察に出頭するよう言われた」
青年は手などを怪我し、病院で手当てを受けている。テロを現場で阻止しようと身体をはって行動する男がいるんだね。こういう人をおれたちも見倣わねばいけないね。政治家はまあ、それなりの役割はあるとしても、口だけというのが庶民の正直な思いだからね。
