春高楼の……ルーツ探索の旅 その② | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える


4月5日と6日

浦島太郎の心境とは? こうか……?

駅前の果物屋の店先で地面に座って遊んでいた4歳の私。
あれから67年が過ぎた……。

私が不在の間にも、ここに住む人々は不断の活動を続け、私が今見ている町の姿を作った。その間私は別の場所で別の生活を送っていた。私が不在だった67年間、人の一生ほどにも長い時間が流れたが、私はその時間を、ここに居る人々と共有することはなかった。自分の故郷というべき場所に立ちながら、
私が余所者という意識を持つのは、そのためで、それはまったく当然のことなのだ。

私が不在の間に、この街の人たちは、未来を想像し計画し建設を続けた。私はその間、この街の人たちとは思い出の中だけに生き、生きた時間を共有しなかった。映画の撮影中に突然割り込んだようなものだ。俳優でもスタッフでもない男が突然飛び込んで来たら追い出されるのが当たり前だ。

街にはビルが立ち並び、遊んでいた地べたは拡張され、バスと車が目まぐるしいほどに行きかっている。

お城は? 通りの突き当りに、高く堂々とかつ優美に石垣の上に聳え立っている。化粧を改め、真っ白く優雅で清楚でたおやか、かつ毅然として佇んでいる。


高楼の2


この時期にここへの旅を選んだのは幸運だった。
思いがけない僥倖。今日が桜の満開日なのだ。

無数の桜の木が華やかに城の真下の馬場を囲んでいる。花は城全体を明るく華やかに浮き立たせている。


高楼の3



「春高楼の……」
真っ白な城に一段と優雅で清楚さが加わる。これが幼いころ目にしていた城だと思うと、詰めかけた大勢の人に混じりながら、一種特別な感慨が沸く。こんなにも美しく蘇った城に涙が出るほど誇らしさを感じるのだった。


ちょうど夜桜の宵で、大勢の人が敷物を広げ、桜の下に宴を張っていた。


花見



笑いあい、歌い、三味線と尺八、太鼓まで持ち込んで歌い合う集まりもいた。


唄え



日が沈み、空が暗くなるにつれ、城を照らす照明が明るくなり、夜空に白い構築物が鮮やかに浮かび上がる。

大手門から入り、馬場下の公園の桜の下を回り込み、西ノ丸へ向かう。夜桜の会は今晩無料で入れる。


夜桜1


たくさんの桜が豪奢に濃く薄く、白から淡いピンク、少し濃い紫がかった桃色に照らし出され城を彩る。


夜桜2



それは、まさしく日本の美、そのものだった。


優雅にかつ屹然と天守は佇む。


日本の美



フランスのいろいろな城を見て来たが、そのどれよりも美しい。

シャンボールのような壮大さはない。強いて比べればシュノンソーの優美か? 

彫刻でもない。中空に聳え立つ建築のみが見せてくれる3次元の美。


明日はお天気も良いらしいし、桜が一段と美しいだろう。

朝いちばんに来て整理券を貰い天守に登る予定。

カメラの電池が切れてたのに充電を忘れた。いま朝の5時半だから7時過ぎに出かけるまでには充電できるだろう。

(つづく)