イマッドの死 | 雷神トールのブログ

雷神トールのブログ

トリウム発電について考える

ル・アーヴルのスキンヘッドは、二十人ほどの独身の若者とガールフレンド連れの三十人ほどが集まるグループ。公然と「ネオ・ナチ」を名乗り、非行と暴力行為で知られている。

いつもは、ノルマンデイの海岸に第二次大戦中にナチス・ドイツが構築し残骸となって残ってる分厚いコンクリート製のブンカーにビールを大量に持ち込んで大騒ぎし、ピンクの肌をした逞しい肉体のブッチャー(肉屋)ってあだ名の首領ルロワが、ユダヤとアラブをどんなふうに虐めたかって自慢話に耳を傾ける。多少の異論があっても首領の言う事にはみんな従わねばならないのが鉄則だ。首領の話を聴いた後外へ出て、海岸の道路脇に放棄された車のボデイを叩いてへこまし、みんなでサンヴィックにあるバー「テモワン」に行く。このバーは黒人やアラブがひとりも入ってこない白人専用の「たまり」だ。


スキン

1995年4月18日、ルドルフ・ボスはスキンヘッドの参謀本部と見做されているサンヴィックのバー「テモワン」へ行った。

22時45分ごろ、彼はもう一人のスキンヘッド、モーリス・ゴンザックと合流した。モーリスは巡礼地ルルドへ行って来たばかりだった。二人は夜のル・アーヴルの通りをぶらつきに出た。

バス停に二人のブール(北アフリカからの移民)が居るのを見た。見たことのないアラブに二人はじっと目線を据えた。やがてアラブの一人がいなくなり、残った一人が二人のスキンヘッドに近寄った。このアラブ人はイマッド・ブフウドという名でチュニジアの出身だった。

スキンヘッドの一人が持っていた散弾拳銃(ピストル)をイマッドに見せびらかしたのがきっかけで三人は口論となり罵り合った。そのうち、イマッドが拳銃を奪おうとしたので、ルドルフ・ボスがイマッドを二回殴り、倒れたイマッドを足で蹴り転がしてヴォーバン堀に落した。這い上がろうとするイマッドをなんども足で突き落とし、とうとう水死させてしまった。


ルドルフ・ボスは警察の取り調べに当初、現場に居たことだけを認め、死に瀕した人間を助けなかった罪と、犯罪を届け出なかった罪に問われた。イマッドをボーバン掘に蹴り落としたのは、おれじゃなく、ポルトガル出身のモーリスだと証言して、故郷に逃げ帰っていたモーリスに国際逮捕状が出された。モーリスは後に逮捕されポルトガルのブラガ裁判所で18年の刑に処せられた。


1994年に、ル・アーヴルのスキンヘッド仲間の6人が、若いカップルに絡み、全裸にした上で、身に着けていた貴重品と金銭を奪った。その6人のひとりに、ルドルフ・ボスがいた。この前科がルドルフ・ボスをイマッド青年殺しの容疑者として取り調べる機会を作った。ルドルフ・ボスはまたイマッドが殺される2か月前、路線バスの中でピストルを出し、アラブ人の子供のグループを脅した容疑で拘留されてもいた。

ルドルフがイマッド青年殺人犯として逮捕される決め手となったのは、ルドルフ自身が友達に書き送った手紙だった。ルドルフには明らかに強度の自己顕示欲が認められる。ルドルフは書いている。「拳骨で二回殴り、ブーツで一回蹴った。そいで水ん中に落した。あいつが死んだときはざまみろと面白かったよ。おれがあいつを殺したんだってはっきり言うよ」

監房で、ルドルフはたくさんの手記を書いた。秘かに手紙を仲間に渡すこともした。警察が見つけた手紙にはアドルフ・ヒトラーを示すA.H.が署名してあった。「はじめてスキンがサラセンを殺す。やつは水に溺れた。なんてかっこいいやり方だ」。ルドルフはノートにウイリアム征服王の名前で手記を綴り、生立ちから今の生活を記した。16歳でベアトリスと出会い、結婚して子供ができた。息子が7か月か8か月の赤ん坊だった頃、ヒトラーがやったような挙手を教えた。

おれは、この事件に興味があったから、ルーアン裁判所に公聴に行ったよ。
ルドルフは、短い栗色の髪の毛、ブルーのジャンパーにダボダボのジーパン、左腕に「極道スキンヘッド」の紋章を付けて、被告席に現れた。「あなたはスキンヘッドですか?」裁判長が問うと、ルドルフはきつい声で答えた。「そうだよ。スキンヘッドってことを隠したりしない。おれの思想、おれのイデオロギーもね。おれは白人だし、あいつらと混じりあったりはしない」

ルドルフは二歳で両親と引き離され叔母に育てられた。中学までは普通に学校へ通った。一九八七年に中学を暴力と非行を理由に退学させられた。少年院ついで刑務所が第二の住処となった。それから一九八九年になり、ルドルフ・ボスは精神病院に入れられた。

同じ年にベアトリスと出会い、息子アランが誕生した。刑務所の中でルドルフ・ボスはナチの思想を読み、ヒトラーに傾倒した。「あなたはこう書いてますね。アドルフ・ヒトラーはわれわれの導きの長であり、われわれが取るべき道の精神的父だ。貴族に認められた人種だけが、下等人種を葬り去ることができる。ユマニテ(人類)に対する犯罪など存在しない。攘夷(外人嫌い)の種を撒かねばならない」こう書いてますが、今もこう考えますか?「そう思うよ。そしてそう書き続ける」

取り調べには、14歳のブロンドの少女が証言台に立った。少女は泣きべそをかきながら、「肌が白くて、金髪の髪をして、ヴァイキングの末裔のあたしたちは、典型的なフランス人だってことを訴えたかったの」。「有色人種とかユダヤ人とかは劣った人種だって考えてた。あいつらを抹殺しなければ、とも考えていた」と証言した。

ルドルフ・ボスのかつての友達、サンドリンヌはル・アーヴルの商人の娘で現在21歳になるが、ボスが逮捕された時に彼と別れ、他のスキンヘッドと結婚した。彼女は、警察で繰り返し、ルドルフが言った言葉だと次のように証言した。「な。おもしれ~だろ。あいつを水に落してやった」。19歳で彼女は「若いヒトラー主義者の小さなグループ」を作り、「アラブをバラしてやりたかった」と証言した。