毎年、シャンゼリゼで軍事パレードが行われるのだが、今年のパレードは度重なるテロの攻撃で、6000人の歩兵による全国的な厳戒態勢の中で行われ、例年よりずっと控えめだった。その代わり夜、シャンドマルスに周辺を含め100万人の観衆を集めて催されたコンサートとエッフェル塔を巧みに使っての花火は盛大で、7000発の花火が35分に渡り14のテーマで次々と繰り広げられたのは圧巻だった。ピロテクニックという花火と照明を使った新しい芸術ジャンルが確立したようだ。
もちろんパリから200キロ離れた田舎の我が家では、パレードと花火をテレビで観賞した。幸いテレビが途中乱れることなく現場に立つより複数のアングルからまぢかに見られたのは嬉しかった。
現場へ観に行ったのは、前の週の土曜日(7月11日)、オービニーの町のスコットランド祭。毎年、7月14日前後に、ソローニュの小さな町で開かれる。フランス各地や外国からパイプ・バンドが招かれて競演する。
オービニーの町は、オルレアンの南数十キロ、昔一時的にフランスの首府となったブルジュの街の北40キロほどのところにある。
スコットランドの町とオービニーが姉妹都市なのでこの祭りが催される。それというのも、ジャンヌダルクの時代に、当時のフランスの同盟国だったスコットランドが軍を派遣して、英国に包囲されていたオルレアンの街をジャンヌと共にフランス軍に加勢して解放に導いたからだった。
ジャンヌの導きにより国王の戴冠式を挙げたシャルル7世は、お礼にこのオービニーの町の城をスチュアート家に贈った。短期間だがフランスの王妃ともなったマリー・スチュアートの親戚なんだそうな。
マリーは悲劇の王女で、スコットランドに帰った後、エリザベス女王暗殺の陰謀に加担した罪で処刑されてしまう。従姉妹の関係にあり愛情も感じていたエリザベスはマリーの死刑の執行に最後まで署名をためらっていたのだが、マリーが暗殺を企てた重臣にあてた同意を示す手紙が発見され、ついに死刑執行に
Goサインを出さざるをえなくなった。
マリーのこの手紙は「暗号」で書かれていて、暗号が解読されさえしなければ死刑にはならなかったに違いない。エリザベス女王は父親のヘンリー8世の残虐ぶりを幼いころからつぶさに見て育ったため、男に不信を抱き終生結婚しなかった。ジャンヌダルクの出現により、オルレアンを落しそこね、大陸進出の野望をくじかれたエリザベスは、以後海洋進出を決意する。漁船も集め総力挙げてスペインの無敵艦隊を相手にこれを撃破したことから英国の世界制覇が始まる。
つい先日、スコットランド独立か否かを巡って国民投票が行われ、結果英国に留まるべきが過半数を占めた。ただ自治権がさらに拡大された。
毎年、この町のお祭りに出向くのは、やはりバグ・パイプの音とタータンチェックのスカートが懐かしいからです。
昔乍らの手織でタータン織の実演をしてました↑
30℃ちかい夏日で毛織の靴下とスカート履いて暑いだろなあ↑
こちらはもっと暑そうな毛皮をまとった人たち↑
いよいよバンドがお城の庭からパレードに出発です↑ この城がスチュアート家の城。
緑とブルーのチェックのスカートがオービニー町のチームカラーです↑
写真の奥が城でメイン通りの様子です。臨時の噴水が涼を呼びます↑
メイン通りにはフランソワ1世の家が保存されてます。ルネサンスをフランスに導入し、レオナルド・ダビンチをフランスに招いた国王です。シャンボール城、コレージュ・ド・フランスを作り、フランス語と文化の普及に貢献しました。英国のヘンリー8世とは友達で、相撲をして負けています。
木漏れ日の中で打ち合わせ? カーキ色のシャツはどこのバンドだろう↑
彼らのパレードです。お年寄りのグループですね↑ 白い髭がかっこいい
街中のパレードは暑いので早めに木陰の観覧席へ。待つこと小一時間、ステージ前へ集合です。
舞台の上ではブルターニュのレンヌの近くからのグループがボンバールと呼ばれる
ラッパを演奏します。強烈な音を立てます。
最後に8チーム全員で合奏。パイプの響きで空気の全体が唸るようでした↑











