小一時間ばかり自由時間が与えられたので街の中心へ行き、デパートを覗いてみた。ハバロフスクの広場で見た厚手のがっしりした造りの革鞄が並んでいる。スタイルも色もすべて同じ。趣味による選択の余地などまったくない商品の陳列だ。腰ほどの高さの台の上に、同じ形、同じ色の鞄がずらっと並んでいる。友達も知人も同僚も、みんな同じ鞄を提げてるとしたら、選択にあれこれ迷う必要はまったく無いわけだ。値段も一律だろうし。周囲が贅沢をせず、みな同じ服装で同じ鞄、同じサラリーで働いてるのだとすれば、不平はあるいはないかも知れぬ。平等社会のある一面を切り裂いて見せてくれたようで、なるほど昨日まで住んで働いてた日本の社会とはずいぶん違うなあ~と感じた。でも、画一すぎて俺には退屈、我慢できそうにないな。選択の余地がいろいろあり、自分で決められる社会の方がやっぱり好いような気がする。
秋の午後のひととき。穏やかな陽射しが中庭に射している。まだ夏の名残が感じられる。とりわけバレーボールをやろうと提案した山内さんは白い半袖姿だ。赤ら顔をさらに熱く上気させて山内さんが強烈なスマッシュを放った。この一打に常日頃の鬱憤を一気に晴らしてやるくらいの意気込みが感じられた。
場所は貿易部の事務所があるマンションの半地下を出た中庭で、表通りからは緩い傾斜が降りている。事務所は半地下なので昼間も薄暗い。30m2ほどの部屋に全部で7人が顔を突き合わせて仕事をしている。
山内さんは輸出課の課長さんであるにもかかわらず輸入課に入ったばかりの渉に貿易の初歩の知識を授けてくれた。紙に絵を描いてこちらがA国こっちがB国、あいだに線を引いて、国と国との間には国境ってものがある。A国に居る者、会社でも個人でもいいんだが、 B国にある会社または個人から何か物を買う。引き換えに代金を支払わねばならないね。貿易ってのは、国境を隔てて異なる二国間にある会社や個人が、物と金を交換する取引に伴う諸行為のことだ。
外国から物を買って自分の国に持ち込むことを輸入という。逆に物を外国に売ることを輸出という。異なった国の国境には税関というものがあって、自国の産業を保護する意味もあり関税を掛ける。貿易の手続きは主に、この税関との交渉で、税関を通すことを通関といい、専門の業者がいる。通関を専門にする通関業を「乙仲(おつなか)」と呼ぶんだ。なんで「おつなか」なんて「おつな」呼びかたをするのかは知らないよ。乙仲は税官吏を普段の仕事の関係から良く知っていて原則的には、乙仲を通さず自分で通関できないことはないが、商売のためには乙仲を通した方が早いし確実だ。
国境を出たり入ったりする荷物は、梱包されて船や飛行機で運ばれる。この荷物を税関が検査するわけだが関税率を確かめて金額を確定し税関に納めた上でないと荷物は国内に持ち込めない。関税を納めるまで暫定的に荷物を保管しておく場所を「保税地域」と呼んでいる。
通関のために必要な書類がある。インヴォイス、パッキング・リスト、保険証書、それに原産地証明(サーテイフィケート・オヴ・オリジン)という4種の書類が必ずいる。この4つをひっくるめて船積書類と呼ぶよ。インヴォイスには金額と支払条件が明記されていなければならない。金額には商品の原価に加えて保険をどちらが持つか? CIF(Cost Insurance Freight)か FOB( Free on Boad)か、その中間のC&F とかもあるけどね。つまり輸送中のリスクをどちらがもつか最初から決めておくんだ。それによって金額が違ってくるから。
最後に、貿易の支払いは通常手形で行われる。アット・サイト、受け取ったら即日決済か、30日後、60日後、120日後と決済期限にはいろいろある。決済日が遅いほど、商品を受け取ってから支払いまでの期間に商品を売ることが出来るよ。ただ、決済日が先になるほど為替リスクが高くなるね。日頃から、為替の動きに慣れ、先を読めるようになっておくことが大事だよ。円ドルのレートによって金額にすごい差が出て来るからね。
山内さんは細長い赤ら顔に学者風の眼鏡を掛け、レンズの奥から一種の皮肉交じりの先輩の慈愛のこもった視線を渉に向け、今日のところはこれまでだ、と言いながら、略図が描かれた紙を渉の前に滑らせた。
(つづく)
