ここはキャンパスの入り口にあたり、バス停の前が見晴らし台になっている。
そこからは盆地に眠る古いルーアンの街とセーヌの河岸の港が望まれた。
セーヌ河は川幅はさほど広くはないが、ここまで来ると水深が深く、大型船が航行できる。昔から、この港は木材の出荷で賑わい、街の名産だった陶器と蠟燭の芯がこの港で船積みされた。
ここから50kmばかり西方に、セーヌが英仏海峡に流れ込む河口に、ヨーロッパで有数の大きな港、ル・アーヴルがある。直線距離でおよそ50kmで、その間セーヌはくねくねと蛇行を繰り返す。
ル・アーヴルという港は今世紀(20世紀)初頭、ヨーロッパの各国から北アメリカへ新天地に夢を抱いた移民が大挙して船出した港として有名だ。パクボと呼ばれた大型の客船が毎週のように、見送る人々、見送られる人々を繋ぐ五色のテープに彩られ、大きく汽笛を鳴らしながら大西洋に向かってル・アーヴルの岸壁を離れていった。
新天地への夢、努力すれば必ず報われて豊かな生活を築くことが出来る。人々はそうした夢に惹かれて、生まれ育った古い故国を去り、新しい文明の地を目指したのだ。
世界中から人間が集まって来る。そこには古い土地に特有のしがらみはない。家柄がどうの、門戸の良し悪しで差をつけられることも無い。広い土地と財産を持ったほんの一部の人間が特権を持ち、財産を持たない人間がいくら努力して這い上がろうとしても、八方塞がりで虚しく悔し涙を流さねばならぬということもない。旱魃や冷害で作物が出来ず、借金の利息ばかりが膨らんで、仕方なく年頃の娘を売らねばならない悲劇を繰り返さずにすむ。
北アメリカの新世界はそうした自由と平等の世界だという噂が広まった。水飲み百姓や古い世界で縁故もなく、出世の希望を持てない若者たちが、努力して働きさえすれば必ず報われる、という新しい社会に魅力を感じるのは当然のことだ。
豪華客船の船底の三等船室に身の回り品だけを持ち、二週間我慢しニューヨークに着いた時の移民たちの感動はいかばかりのものだろう。ここにはすでに「摩天楼」と呼ばれる超高層ビルが建ち始めているという。町には流れ作業てふ新しい生産方式で大量に作られた自動車が、庶民も少し努力すれば手に入る価格で売られ、走り回っている。
思ふに日本からも新天地を求めてハワイやブラジルに移民した人たちが居る。が聞いたところによると彼等の手にした土地は、特にブラジルでは、石ころと木の根だらけの不毛の土地で、作物が出来るまで死にもの狂いの苦労を強いられるという。
私の人生を狂わせたあの事件より十数年前、東北地方を襲った飢饉は悲惨であった。東北の農民は毎日の食事に事欠き、木の根、野草を食べて飢えを凌ぎ、その上に借金を抱えていて高利貸しへの利子の返済に追われ、糊口を減らすのと借金の返済のために止むを得ず、娘を売りに出すことが当然のように行われた。
はじめに海軍の若手将校が反乱を起こし、ついで陸軍の革新将校たちが蹶起したが、鎮圧され処刑された。蹶起した多くの若い軍人たちは妹を売らねばならない世の中は間違っていると変革に命を賭けたのだった。
日清戦争に勝利して得た遼東半島の権益を三国干渉で放棄しなければならなかった。維新の変革意志を引き継ぎ清朝を覆し、漢民族の栄光を取り戻すべく、日本の変革者とも意志を通じ合った革命家孫逸仙(孫文)は、大隈内閣が突きつけた「対支二十一か条」を民族の屈辱と捉え、「日本は西洋の覇道をとるか、東洋の王道をとるか?」ここが先途と神戸で演説した。孫逸仙のいう事は分らないでもなく、「王道をとるべき」との主張は大いに同感であるが、遼東半島は、日本人にとっては日露の戦役で同胞が大量の血を流して勝ち取ったいわば聖地なのだ。
満洲は清朝はもとより、漢民族が支配していた土地ではない。戦国武将が入り乱れて取ったり取られたりを繰り返している土地だ。そこには、むろん支那民族もいればモンゴルもいれば朝鮮人もいる。いってみればどこの馬の骨ともわからない人間が実力次第でのし上がってゆくことのできる、北アメリカの新天地と同様の多人種混淆の土地なのだ。
「満蒙は日本の生命線」てふ標語はまったくもって日本人には掛け替えのないこの地を表現する上でぴったりの言葉と思ふ。満洲は日露の戦で骨をここに埋めた数十万の若き同胞の霊が眠る地なのである。
アメリカがこの地に眼をつけている。ユダヤ人が満州の開発を一緒にやろうと持ち掛けてきている。ユダヤの資本をこの地の開発に利用するのも一策かと思ふ。ロシアとかルーマニアではユダヤ人の迫害が始まっているという。満州は広大だから行く先に当てのない民族を招き寄せるには最適かと思ふ。
石原莞爾先輩が日本の将来の敵はアメリカである、という説を打ち出した。アメリカはヨーロッパの出先。東洋と西洋が支那を巡って世界最終戦争を繰り広げる、という、時に突拍子もないことを言いだす莞爾先輩だが、この予言はもしかすると当たるかも知れないと私は感じている。とまれ、莞爾先輩は私を満州に招いている。私はたぶん先輩の招きに応じるだろう。
ああ、末孫まで家名を汚してしまった私。本国ではとても表には出られない身となってしまった。私には新天地がどうしてもも必要だ。地位も名誉も投げ捨て、私の本来の仕事をするのだ。表だって顔を出せないなら地下で、裏の世界で存分に働きを示してやる積りだ。新しい希望の地へ行ける日が待ち遠しい。
その前に、ひと仕事、このフランスでやっておかねばならないことがある。ひと仕事終えたら、私は躍如として新天地へ移民するだろう。たぶん、そこではアメリカが広めた新しい文明の利器、「映画」というものを私なりの考えで発展させようと思っている。
(「ルーアン覚書」はここで一旦終わらせていただきます。ご愛読をありがとうございました。)
