プラグマティズムの時代 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

フランスの現社会党政権が何もしない無能の政権で、若者や農民の怒りを買って暴動があちこちで起きているのだが、そんな政府がつい先週、やっとこれだけは国民の誰からも歓迎されるという政策を打ち出した。

それは100項目に渡る行政の簡素化を図るもので、パスポートの申請やら、さまざまの行政手続きに今まで複雑で時間が掛かり、市民の日常生活のみならず、特に外国企業がフランスに進出してくる場合のバリヤになっていたものを簡素化することで、経済にも活性化を図ろうというもの。

これが発表されるとフランス経団連会長のガタス氏は「とても、とても、とても良い政策」と「トレ、トレ、トレ」を5回も連発し、手放しで褒めあげた。

こうした小さくても非常に具体的な事柄から手を着け改善を加えてゆくことは、壮大な夢のようで具体性のない理念を打ち上げるよりも遥かに良いことで、実際、世界を変えるとか、物事を変えてゆくのはこうした具体的な事柄をひとつひとつ変えてゆくことに他ならないと思う。

こういう政策を提言したのは、ミッテランの時代からコンサルタントを務めるジャック・アタリではないかと思う。彼は1か月ほど前のテレビ・デベートで、もうじき具体的政策が出て来るからと匂わせていた。世界情勢の非常に緻密な分析と実際的な政策提言を行う人だ。

フランスの行政手続きは官僚主義の代表みたいなもので、、ややこしく複雑で、ときに、申請者が役所と役所の間を堂々巡りしなければならないことがある。これにはいかに保守的なフランス市民もどうにかならないものかと感じていたのだろう。

具体的な例を、経験からひとつだけ挙げよう。某日系企業でアドミを担当した時に経験したこと。

外国人(現在はEUヨーロッパ連合加盟国の人間は、域内での居住と労働は自由だが)、たとえば日本国籍を持ち日本企業に勤務する人が、フランスの生産拠点に駐在を命じられ、滞在が3~4年に及ぶので家族を呼び寄せる場合、滞在許可証を申請しなければならない。

大抵の駐在者は、本人がフランスに着任して3か月以内に家族を呼ぶので、問題なく許可証が下りた。その上、この企業の誘致に際してはフランスの国、地方、県、市を挙げての歓迎だったので、県知事などが特別な計らいで滞りなく手続きを進めるよう県庁に指示を与えていた。なので、待合室に列を作って待つこともなく、手続きを容易に済ませることが出来た。

ところが、ひとつだけ例外というか、着任から1年以上経って奥さんを呼ぼうとして許可が下りない人がいた。その人は、同じ日系企業の英国子会社に勤務していた人で、ロンドンに母親と住む娘の進学が片付いてから奥さんを呼ぼうと1年近く待ったのだ。ロンドンから直接フランスの工場にアドミの課長として赴任して来た。

僕はまだアドミに居たが、アドミの仕事は楽でいいが、本来機械相手の生産現場で働きたかったので、その人が着任して一か月後にはプレスの型保全というちょっと変わった現場に異動させてもらった。異動に際し課長は僕に手続きの詳細を文書=手順書として残しておくよう命じた。1か月の間ほぼそれに掛かり切りで仕上げ、ほっとしてプレスの現場に出て行った。

それと並行して、アドミの仕事を、僕と同じ現地採用で1年間の期限付き社員として入社した日本人女性に引き継いでもらった。課長の家族の呼び寄せ手続きは彼女が担当した。プレス工場の現場はきつく夜勤もやったのだが、遣り甲斐があった。

1年以上経って、なにかの機会に、その課長は奥さんがまだ来れず、独り暮らしで食事にも不自由しているという噂を聞いた。やがて、その課長から僕にメールで問い合わせがあり、アドミの僕の後任の日本女性は採用期限も切れ、無期限の契約に切り替える意志もないので、他の後任と引継ぎに立ち会ってくれないか、という依頼だった。

アドミに顔を出してくれとのことだったので行ってみると、着任後1年以上経って娘の進学も無事に終わり、家内を呼び寄せることができるようになったので申請をしたが3か月経つのに未だに滞在許可証が下りない。普通は申請すれば1か月も経たないうちに下りるのに何故か? なにか気が付いたことはないか?と僕に訊くのだ。ついでに期限付き社員の彼女の契約更新がされなかったのは、課長は奥さんの滞在許可が下りない原因を彼女の無能と怠慢によると判断したためとも判った。彼女のフランス語はフランス人のように美しく優れた表現が出来る人だった。ただ、フランス人の言うことを鵜呑みにする欠点があった。

僕は、即座に、手順書に、そのことはちゃんと書いておきましたが、お読み下さらなかったのか? と半ば呆れて問い返した。なぜなら、赴任一年以内と1年を経過してから家族を呼び寄せるのとでは、手続きが違い窓口が違うのだ。そのことは、はっきり手順書に書いておきましたが、ご自分で作れと命じて置いて読みもしない課長はなんと無駄な仕事をさせるんだろう? と形ばかりにこだわり中身を知ろうとしないこの課長をアホか? と思ったものだった。

赴任から1年以上経ってから家族を呼び寄せる場合、窓口が違い、手続きの仕方、書類も違うことは手順書にも書いたが、何故とてつもなく時間が掛かるかは知らなかった。そこで問い合わせに県庁に行ったのである。そうして判ったことを書く。

驚くなかれ、フランスの帝国主義の時代、あるいは1960年代の移民奨励時代、北と西アフリカの旧植民地からフランス本土に出稼ぎに来た人たちが、仕事も見つかり、そこそこ暮らせるようになったので家族を呼び寄せる。移民の家族呼び寄せを、外国人の家族呼び寄せという抽象的言葉で括り、先進国からと発展途上国あるいは後進国からとひとしなみに扱って、出稼ぎの移民を基準に
出来た法律が、グローバル企業の駐在員の家族呼び寄せにいまだに当てはめられると知って愕然とした。

許可に時間が掛かるのは、申請者が居住する住居が家族が生活する上で衛生的で健康的で人間的生活をするに適しているかを検査官が訪問して検査する。検査官の数は限られているに対して申請する移民の数は増大する一方。検査官の訪問の順番を待つのに半年や1年はざらに掛かってしまう、と窓口の担当官は苦笑しながら言う。

ちょっと待ってくださいよ。住居が衛生的で健康的かを検査するんですか? スペースが十分あるか、床から天井までの高さを測って屈んで室内を移動しなくても暮らせるか? をチェックするんですか? 世界で1・2を争う大企業ですよ。そこの課長さんが、屋根裏部屋をあてがわれるなんてありえないです。失礼ですが、そこらのフランス企業にお勤めの係長・課長よりずっと贅沢な広くて快適な
マンションを借りて住んでますよ。そんな人の住居をチェックする必要がどうしてあるんでしょう? 

でも、手続きがそう決まってるので……半世紀も前に作られた法律ですがね。と担当者は苦笑いを続けるのだった。ああ、こういう手続きひとつとってもフランス経済の活性化を妨げてますよね、そう思われませんか? と僕は国際化の流れに遅れているフランスの行政の有り様を批判して、変えるべきじゃありませんか、と匂わせたのだが、その後、変わったのか、あるいは今回やっと変わるのか? 仕事から身を引いてしまったので知らないでいる。万事この国は変わることに関して遅い。が、こうした具体的なことを「変える」対象に選んだ社会党政府は、理念にこだわるよりずっと実際的で評価に値すると思う。

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