絵を描くことの意味 その③ | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

二日間雨続きで、外の工事も庭いじりも出来ないので昨日は暖炉で薪を焚き一日読書しました。

近隣の農家の人たちはお天気の長期予報で動くのか、6月末の晴天続きに夜遅くまで日曜も休まずコンバインの唸る音が聞こえ、例年なら8月末か9月の麦の刈入れを終えてしまった。


party
    「 アンナ……」の挿絵用に描いた絵。線画をめのおが描き、
プロに彩色してもらいました。
    めのおはすごく気に入ってたのに、なぜか編集者に没にされてしまった↑

読書したのは3月に帰郷した最後の日に千葉さんの運転する車で水戸の偕楽園の梅と五浦の天心六角堂を見に行った時に、茨城の県立美術館で手に入れた「岡倉天心 - 美と裏切り」(清水多吉著、中公叢書)。

このブログに去年、フランスに滞在した日本人画家について少し連載した時に、グレ・シュル・ロワンに滞在した黒田清輝、浅井忠などについて書いたのですが、その時、日本の明治期の絵画に西洋画と日本の伝統絵画との対立があり、美術学校の校長となりフェノロサの薫陶を受けて日本の伝統美の優位を主張する岡倉天心と、殖産興業の必要から工業図面の作成に役立つ西洋画を学ばせる為に創られ、イタリア人画家を教授に招いた工部美術学校と、そこを11人のグループで明治11年に退学した「十一の会」の洋画家会員、――浅井忠もその中にいた、は文部省の役人であり各界に強い人脈をもつ岡倉(覚三)とフェノロサに西洋画を描く故の排斥されたと被害妄想を抱いた、というようなことを書きました。

天心については「茶の本」を書き、日本の文化を西洋に紹介した人と、「アジアはひとつ」という非常に有名になった言葉を吐いた人くらいの知識しか持っていなかったので、フェノロサと天心が何故、明治の西洋化が進む日本で、伝統文化と日本画を擁護し、西洋画を排斥したとまで思われるようになったのか? を知りたく思ったのです。

上に挙げた清水多吉氏の本は3分の2を読み終えたところで、後半の天心の夢が崩れるところまで行ってません。でも、ここまででも沢山のことを教わりました。そのいくつかを書いておきます。

まず、フェノロサが日本画の方が油絵に比べて優っているとしていくつか挙げている理由を見ます。

① 油絵は「天然に擬す」ことを主眼とし、写生に徹してきた。その結果、写真と同じものに堕してきた。絵画は本当は、「天然に擬す」のではなく、天然に優るの妙理を顧みることであるはずで、この点日本画の方が上である。

あ、ここで「日本画」という言葉について断っておかねばなりませんね。フェノロサと天心が東洋美術の再評価と保護の活動を展開するまで「日本画」という絵のジャンルも名称もなかった。二人によって日本の伝統の絵画とその技法が「日本画」と呼ばれるようになったのであり、中国では南宋画というように時代別の呼び方はあっても「中国画」というような総称は存在しない。「日本画」という呼称は岡倉天心のナショナリズムによって生まれた。

ついでに、他を挙げる前に、読者はすぐにお気づきでしょうので、注釈してしまうと、フェノロサが東京大学で講義していた時代、フランスでは印象派さらに外光派と呼ばれる黒田清輝が持ち帰った絵画の運動が起こっていましたが、フェノロサが母国のハーバード大学で学んだ時はまだ印象派の絵はアメリカには伝わってなく、クールベの写実派が油絵の代表という認識をフェノロサが持っていて、このような評価をしたらしい。タイムラグが、日本の美術の評価を左右したなんて面白いとゆうか不幸をもたらしたわけですね。黒田が帰国してからは、天心の美術学校に洋画学科が設けられ、また「白馬会」もできました。

② 日本画には輪郭線があって洋画にはそれがない。輪郭線には、第一に線の佳麗(ビューテイー)を増し、第二に湊合(ユニテイー)を善くし、第三に筆力の美を顕わし、以って妙想を精確にするの便あり」。近年の欧米の画家はむしろ日本画のこの輪郭線の技法を取り入れようとしている、
とフェノロサはいいます

少し時代は後になりますが、パリへ出た藤田嗣治が、面相筆で引いた黒い輪郭線で自らが発明した独特の「偉大なる乳白色」の絵の具で塗られた肌を囲み、その裸婦像で一世を風靡したことを思えば、フェノロサのこの指摘は、一定の真理を突いていたと言えます。藤田の部屋の隣に住んでいたモジリアニも輪郭線を巧みに使ってますよね。ふたりは線によるデッサン(クロッキー)の妙手でした。

③ 油絵の色彩は豊富にして濃厚であり、日本画の色彩は軽疎であり淡泊である。だからといって油絵の方が、湊合(ユニテイー、統一性)や佳麗(ビューテイー、美しさ)に富んでいるわけではない。色彩が豊富であれば、それは調和しにくく、その処理に絶大な努力が必要になってくる。その点で、日本画のように、水色のように淡泊な色彩の方が、佳麗さを出すのに容易である。油絵が発明されたために絵画が退歩し、雄渾活発な風趣を失ってしまったと嘆く人さえいるではないか。

ゴッホの絵を観ながら、これだけ沢山の色を使って全体の調和を生み出すのは大変だったろうな、一作毎が苦労の連続、闘いだったんだろうなと思いました。

④ 油絵は繁雑であり、日本画は簡素である。簡素であれば湊合(統一性)を得やすく、したがって「妙想」も表しやすい。油絵は全面にさまざまなものを描いて少しも余白を残さない。それは、一見、光彩陸離の感があって凡眼を惑わすけれども、具眼の士から見れば「無用の長物」たるに過ぎない。「人の心目を一点に聚合せずして、全く妙想を傷ふ」。今日「東洋の画を斥して鹵莽(ろもう=おおざっぱでいいかげんなこと)となし、又之を目して児戯となす」者は、「妄中の妄」というべきだ。


上の日本画の評価は、竜池会という保守派の画家の集まりに招かれたフェノロサが明治15(1882)年5月14日に上野の教育博物館で、「美術真説」と題して行った講演で指摘されたもの。なお、「陰」についても油絵と日本画を比較していますが、めのおは確信できないので省きました。

  (つづく)

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