絵を描くことの意味 その② | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

現代社会はテレビやインターネットの映像、さらにFacebook などソーシャル・ネットワークの力を利用してイヴェントを企画し簡単に数万の大衆を動員してしまう。ワールドカップのようなイヴェントと比べて、確かに絵画展はずっと個人的な親密な知的で情緒的な行為、一人ひとりが静かに作品と対話する場であって、社会の中での存在感は、確かに19世紀までの絵画が果たしてきた役割と比べればずっと薄れてきていることは否定できないと思う。


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しかし、逆に、多数のメデイアの発達により、個人の親密なイメージを表白する手段としての絵画は、発表の場を多様化させ、かつてはほんの一握りの画家が描いていた「絵」を無数の大衆が描き発表できるようになった。ひとりひとりの無名の大衆は、それぞれ「絵ごころ」を持っているし、「絵を描きたい」潜在的欲望を持っている。キャンバスとか絵の具とかアトリエとかが無くても、パソコンと「お絵かき」ソフトさえあれば、だれでも簡便に絵を描くことが出来る。

絵を観賞するだけの人も、自分で描く人も、人口的には昔より遥かに増えている。その意味では、絵画の文化的意味は衰退してはいないと思う。ただ昔の王侯貴族や国家やメデイチ家のような銀行家や画商やコレクターが画家の才能を見込んでメセナ、財政的援助をすることが少なくなった。画家も賞をとるなどして有名にならなければ作品が売れない。絵を描くだけで生活してゆける「専業画家」プロの画家が生まれにくい世の中になった。

1913年夏に初めてパリに着いた藤田嗣治が1919年に初入選し、1921年に「偉大なる乳白色」を使って描いた3点の作品すべてが入選し、一躍パリの寵児となる。その場を与えたサロン・ドートンヌもいまや姿を消し、ボードレールが美術評論を連載したサロンも影が薄くなってしまった。

グッゲンハイムなど現代絵画のコレクターに買い上げられ美術館に展示されることが画家の名声と財政的支援を得る道ではあるけども、並大抵ではそこへ到達することができない。バブルの頃は、日本の企業も画家のメセナとなったり、生命保険会社が史上最高額でゴッホの絵を落札したりした。不景気が続く今、企業は本業の生き残りに全力を注がねばならない。

めのおがパリに着いたばかりの頃、生活費を補うために画商について日本に版画を売りに行ったことがある。某私大の総長は画商が持って行った版画のすべてを購入したのだが、その裏には、パリの超有名大学の名誉博士号を画商が世話するとい取引があった。画商がパリの名士で顔が利くという話を日本の政治家が中に入って某私立大学総長に持ち掛けたのだった。この話は多少面白可笑しく脚色して「アンナがいたパリ」に書いたので興味がある方は読んでみてください。

その画商は、パリ市立美術館の館長と昵懇で、ある日、美術館の地下に保存してあった藤田嗣治の3枚の大作を見せてくれた。藤田の最後の奥さんの君代夫人は、藤田亡き後、その3枚をパリ市に寄贈した。しかし、その3枚は、当時パリ市長で、のちに共和国大統領となった大物政治家の選挙資金を作るため何処かへ売却されてしまった。

こんな風に絵画が政治と絡んだり、資金運用に利用されるのも現代の傾向としてある。

「アンナがいたパリ」にはアルゼンチン出身でユダヤ嫌いの画商と、いつかパリで大きな仕事をしたいと狙っている日本の画商とが出て来る。これを書く時に調べて驚いたのだが、「絵」の取引をする画商という職業の商業上のカテゴリーは「古物商」。つまりどんなに現代的でナウな作品でも「骨董品」として扱われる。

レンブラントの「夜警」とか、ドラクロワの「自由の女神」とか、ダヴィッドの「ナポレオンの戴冠式」とかの、社会的事件を描く絵を、ホメロスやへロトドスの叙事詩とすれば、現代絵画はほとんどが「抒情詩」といえるだろう。

絵は個人の内面を、とくにイメージを色と形と線によって表白するものといってよいと思う。

藤田がパリへ出て、ピカソのアトリエを訪ねた時、ピカソが置いてあったアンリ・ルッソーの絵を見せた。藤田はルッソーの絵を見て感動したそうだ。プリミテイフと枠付けされているルッソーの絵は極めて想像力の働きが大きい。ライオンとギターとジプシーの絵などシュールレアリスムそのもの。藤田の絵はずっと現実に寄っているが、ルッソーの流れを汲むところがある。

人間の意識下に眠るイメージを表象化した「シュールレアリスム」の絵が好きだ。ダリは現実の人の姿を描く描写力を持った画家で、想像力の世界を現実のものであるかのようにありありと描いてみせた。人間の深層意識には、個々の意識の下部構造として共通するものがある。物理の実験などで使う「連通管」のようなものだ、とだれかが言った。深層意識をどこまでも降りて行き、集団的無意識といったものにまで到達できれば絵画も社会的役割を果たすことができるかもしれない。

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最後に「アンナ……」の主人公は思春期に画家になりたいと思うのだが、画家になりきれないもう一人の自分を見る。彼が思春期を迎えた時代に「キューバ危機」があった。ソ連とUSAがキューバに置いた中距離弾道弾のミサイル基地をめぐって、あわや第三次世界大戦、核戦争による人類絶滅の危機の瀬戸際までほんとうにギリギリのところまで行った事件があった。ケネデイーとフルシチョフとの駆け引きで、フルシチョフが折れ、ケネデイーも軍部の攻撃すべしとの強硬路線の圧力を押さえて、ソ連の貨物船を海上で押さえて臨検するに留めたので人類は滅びずに済んだ。でも、この事件は、「画家になりたい」と夢見ていた主人公を恐怖に陥れた。そして日米安保条約改定が国会で強行採決された時も、「こうした危機的状態の時に、絵など描いていていいのだろうか?」と少年を倫理的な問いが襲う。ちょうど今の日本が阿部総理という60年安保を強行採決した岸首相のお孫さんに当たる人の意志で集団的自衛権を閣議決定し、戦場へ行って殺されるかもしれないと危機感を抱いた高校・大学生が首相官邸の前でデモをしたように。

「絵」などいちど戦争が起きて爆弾で焼かれればひとたまりもない。ましてや核戦争が起きれば一瞬のうちに蒸発してしまう。
絵を描くことで、戦争の防止の訴えの一翼を担うことが出来るか? アンナと主人公は「核戦争で滅びる直前まで絵を描き続けるべきだ」という結論に達する。絵を描くことを放棄して政治活動に専心すれば良いというものではない、と二人は思う。絵を描くという活動と「平和」を守るという活動は同じ意味を持ち、絵を描くことが戦争に反対することに繋がると信じる。

もちろんどんな絵を描いても良いという訳じゃなくて、現代社会の空しさ、「虚無感」、荒涼とした都会の風景、その中で遊ぶ子供たち・たとえばベンシャーンというアメリカの画家の、淋しいニューヨークのビルの谷間の空き地の荒涼とする中で、子供たちが吊り輪にぶら下がって回っている絵。この絵を見るだけで「核の時代」に生きなければならない現代人の荒涼とした心を感じるだろう。ベンシャーンはビキニの水爆実験で死の灰を被って亡くなった第五福竜丸の久保山無線士を追悼する記念集会に来日したりもしている。

現代絵画がアルトウングとかスラージュとか黒一色で描く画家が現れたのも、アンフォルメルとか形象を否定するような絵が出て来たのも現代という時代の人間が持つ虚無感、人間自身の行為が人間の生命と精神を危機に晒している現代文明の、精神の物質化、物質による精神の否定と破壊を示している。

 

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