プラトンと仏教とは関係があるのさ。アレキサンダー大王がインドへ攻め入ってから、ギリシャ文明が東洋と繋がった。ヘレニズムってやつだね。魂の清純、汚濁に満ちた現生を否定する正義の『白』。革命の流血をともなう現世否定が『赤』となって、天国の理想を『此の世』に実現しようとすると、それぞれの個が命を犠牲にして、全体のために身を捧げる、つまり殉教の情熱を掻き立てる『赤』が象徴に持ち出されるけど、僕があの頃抱いていたイメージは『白』、鍛造で熱せられ赤を越えて白熱した『白』なんだ」
ロクサンヌ 「あなたの、十五歳の時の事件というのはなんなのかしら?」
片山繁 「それはね、数百万の日本人が行動を起こした日米安保条約改定への反対運動だよ。この時の国民大衆は、なにも『赤』なんかじゃなかった。少年の僕ははっきり『白』のイメージを抱いていた。
国会へ突入した全学連の反主流派の中に樺美智子さんという女子大生がいて、機動隊の警棒で腹を突かれたか、デモ隊の下敷きになったかで内臓が破裂して死んだんだ。この時、僕が美智子さんの意志を想像して抱いたイメージは、燃えるような正義感に白熱した鋼鉄の『白』だった。
十五歳の子供に政治には裏があるなんてこと分かるわけないよね。あのときの過激派を僕はね、明治維新の長州藩の高杉晋作と似ていると思った。過激派だとか『跳ねっかえり』だとか批判されたけども、高杉晋作の蹶起がなければ明治維新は起こらなかったんだ。
だけど、その過激派が、岸信介を排除しようとしたアメリカから出た工作資金を日本の右翼からもらっていたなんてこと、子供が知る由もない。祖国への単純な愛国心から、反アメリカ感情で、岸首相の退陣を掲げてデモに参加した数十万の国民は日本の利益を考え、不平等条約だった安保を改定し、さらに日米地位協定まで改定しようとしていた首相の退陣を要求してたんだからアメリカの思う壺だったわけだ。
過激派が国会突入して、たとえ国会を占拠できたとして、そのあとどうすんだろ? と少年の僕は理解に苦しんだ。建物としての国会を占拠しても、日本と合衆国という政府が交わした条約は時間がくれば発効してしまう。
『赤』い旗を掲げていた全学連主流派は、あの日集まっていた数十万の群集を誘導して、『跳ねっかえり』を助け国会突入を後押しすることはしなかった。そんなことをすれば機動隊と、流血の戦いになり、のっぴきならない状況になることが目に見えている。だから、国立劇場建設予定地の広大な空き地で、なにをするあてもなくぼんやりと時の流れるに任せていたんだ。組織温存のためにね。
日本の歴史で『白』と『赤』は平氏と源氏って武士の二大潮流を著す色として使われて来たよ。『白』は貴族社会の流れを汲む平氏。赤は東の関東武士の棟梁、源氏の旗印に使われた。甲州武田の軍団は赤い甲冑を着けて戦いに臨んだ。いまでも名古屋を本拠としてる自動車メーカーのロゴは赤い色だろ。キミも僕も、その海外の生産現場で働いてるってわけだ。
安保反対運動に破れた国民大衆は、会社や工場で働くことに情熱を傾けた。日本の60年代の高度経済成長は彼らのエネルギーがもたらしたものだよ。アメリカと戦争して負け、軍事条約で同盟国としてアメリカの戦略に従い協力しなければならなくなった日本は、戦争で燃やした民族的なエネルギーを、平和な商品を造って世界中に売ることに傾けたんだ。
安保闘争が敗北した日、戦列に参加した多くの若者が、戦争に負け、安保でアメリカに従属する日本が、武器や戦争ではなく、平和な商品を売ることで、いつかきっとアメリカを負かしてやる、と心に誓ったと思う。その思いは、1980年代になって実現した。
使う者の身になって設計され優れた品質の製品を世界の国々の消費者に適正な価格で売る。欧米の先進工業国は武器の輸出で儲けているが、日本はテレビや単車や自動車などの平和な社会の市民が使う商品を売って成長を遂げたんだ……」
(つづく)
