渡るツルとマイダン広場 | 雷神トールのブログ

雷神トールのブログ

トリウム発電について考える

夜なのに渡ってゆくツルの鳴き声がした。昨日は雨模様の空をツルの一団が方向を見失ったのか、ぐるぐると旋回していた。鳥は夜、目が見えない筈なのに、飛び続けているんだろうか? 鳴き声が間近に聞こえる。迷った四五羽が公園や庭の杉の木にとまって休もうとしてるのかもしれない。


ツル1


二日前に抜かれた奥歯のあとが痛んで微熱を持ち始めた。年寄りだが体格のいい歯医者さんがヤットコに力を籠めるとメリメリと音がして奥歯がへし折られた。血のついた奥歯の根元には黒い虫食いの跡が腐食銅版の彫り跡のように刻まれていた。

熱のためか眠りにつけない。3つ目の金メダルを期待され、選挙村に伝搬し始めたウイルスにやられ、男女混合リレーで実力を発揮できなかったバイアスロンのマルタンも50キロリレーの前夜はさぞかし興奮して眠れなかったことだろう。


グリュ1


バイアスロン女子リレー24kmで、ウクライナ・チームが金メダルに輝いた。2日前にキエフのマイダン広場でヤヌコヴィッチ大統領の退陣を求める市民に治安部隊が実弾を使用し、75人もの死者を出した。

ソチ・オリンピックのウクライナ選手団の半分は祖国の危機を知って競技を放棄し帰国した。バイアスロンの4人の選手は、競技で勝利を飾ることが不幸な祖国の名誉を回復することになると考え、出場を決めた。そして見事に優勝を飾った。アンカーのオレーナ・ビドルシュトがゴールラインを両手を挙げて通過した、ちょうどその時、キエフではヤヌコヴィッチ大統領側と反体制側のあいだに、流血をやめ、話し合いによる解決を探る協定書が署名されたのだった。

「私は合法的な選挙で大統領に選ばれたのだから辞職は絶対にしない」と宣言したヤヌコヴィッチ大統領に対し、軍と治安当局は民衆の側に立つと宣言し、国会は大統領罷免を議決した。前日までマイダン広場を占拠していた市民をスナイパーやら軍、治安当局が実弾を使って殺戮していたのだが、昨日キエフを撤退した。国会は、2年前から収監されていた反ヤヌコヴィッチの元首相ルリア・テイモチェンコ女史の即時釈放を可決した。


軍が居なくなり、キエフの市民はヤヌコヴィッチの邸宅に自由に出入りできるようになった。豪壮というか、全部見るだけで一日掛かりそうだというテニスコート付きの庭、ヴェルサイユ宮殿とまではゆかないにしても、ローマやギリシャの遺跡から運ばせたような彫刻や石材のコレクション。選挙で選ばれた大統領がどうしてここまで財を蓄えることができるのか? と驚くほどの富の集積だ。

クリミア半島は重要なロシアの軍事基地だし、ロシアの天然ガスがEUへ向かうパイプラインがウクライナを通り、多額の通過料が入る。ヤヌコヴィッチはその権益で蓄財したのだろう。どうして権力の座につくと人間はこうも欲に憑かれてしまうのだろう?

バイアスロンの4人が金メダルを受け、表彰台でウクライナ国歌を聴いている時、キエフのマイダン広場では、車椅子に乗ったルリア・テイモチェンコ女史が、広場を埋め尽くした民衆に向かって、新しいウクライナ建設に向けて、立ち上がり、ついに体制を覆した勇気に賛辞と感謝の言葉を送り、そして、犠牲となった75人の命を無駄にせず、明日からの建設に向けてさらに勇気と知恵を発揮するよう、確信に満ちた声で訴えた。広場の群集は、そこで血を流し命を絶たれた75人の犠牲者のことを思い、声を発せず、しんと静まり返ってルリアの情熱あふれる演説に耳を傾けていた。


ぐりゅ2

片山繁は、45年前の安保反対運動や学園紛争のことを思い出していた。実弾が飛び交う広場に、死の危険に晒されながら、自由とか正義とかの大義のために身を投げ出す勇気がオレにあるだろうか?  現代には革命はもう起きないと、そのころ思っていた。流血を伴わなければ革命は起きない。飢餓に苦しみ、独裁者が民衆を奴隷的に扱う体制の下においては、命がけで戦う民衆も出てくるだろう。現実を悪と否定し、善なる未来に向かって、祖国や集団の未来を信じて己が身を犠牲にする自己犠牲の情念が生まれ得る。赤い血の色に象徴される過去の革命、19世紀のフランスでの様々の革命、パリ・コミューン、それに1917年のボルシェヴィキ革命がそうだった。だが、衣食住に多少の不満はあっても、飢餓に苦しむわけでもない民衆が、自分の命を犠牲にしてまで体制変革や革命を考える筈がないと、今まで考えてきた。

ウクライナは三分され、西はEU支持、東はロシア支持、そしてクリミヤ半島を含む中央部は両極に揺れていた。彼らは自らの意志によって国を治めることの価値に身を犠牲にすることをも厭わずマイダン広場を占拠し続けたのだった。

明け方、短い時間眠りに落ちた後、眼が覚めると朝日の黄金色が木々に射していた。ツルの泣き叫ぶ声がまた聞こえ、見上げると、百羽ほどの集団が渦を巻くように空を舞っていた。


  ペタしてね 読者登録してね