片山繁 「そいつを分かってもらえるように話すには、僕の思春期とかもっと昔、小学校の頃まで遡らねばならないよ。話すと長くなるけど、聴いてもらえるかな?」
ロクサンヌ 「いいわよ。日曜の午後は、なにも予定がないし、わたしにはとっても興味あることだから、しっかり聴かせてもらうわ。わかんないことがあったら質問する」
「それじゃあ……」と片山繁は言って、しばらく考えたあと、おもむろに話し始めた。
「僕が入った高校はね、進学校といって、サラリーマン家庭の子がほとんどで、みんな、高校の3年間は、少しでも優秀な国立大学に合格するための準備期間とみなしている学校だったんだ。両親も教諭たちも、そして生徒自身もね。将来の生活を考えて大きな野心は持たず、ほどほどに地位や名誉や豊かさが得られる大企業に就職するか公務員がいいという暗黙の了解があったんだ。
僕はそういった社会的な良識にひどく鈍感でね、ぼんやりした夢を追うか、自分の将来なんてどうにでもなるや、と投げやりな少年だった。学校の校庭は舗装されてない剥き出しの土のままで、春風が吹くと砂埃を舞い上げ教室の中までざらざらと不快な触感をまき散らした。
母親が、あの校庭は、かつて陸軍の練兵場であり、僕たちが毎日机を並べている細長い木造の校舎は、陸軍幼年学校の厩舎だったと教えてくれた。東京大空襲で焼け出された怖い経験を持ちながら、それを語る時の母親の口調には、少しもかつての軍国主義に対する批判や憎悪や悔恨の陰はなく、かえって自慢めいたものが籠っていた。
政治・経済に関して僕はまったくの晩生で、中学で親しくしていたMが、時事問題を社会批判を交えて語るのを聞くと、どこからそうした批判意識が出てくるのか不思議に思ったものだ。僕は単に理科が好きな純朴な少年だった。
祖母は、脳溢血で倒れて半身不随となり、ほとんど寝たきりだったが、煙管で煙草を吸ったし、ときどき兄と僕に焼酎を買って来いと命じることがあった。その祖母の口から、若い頃は朝鮮半島のどこかに住んで居て、日本が鴨緑江にダムを造ってやったんやとか、「ちょうせんやちゃんころが」とふいと口を突いて出る悪態から、僕は、祖母が若い頃を過ごした日本の過去と、その過去を自慢したい気持ちとそれを押さえる抑圧的な心理が交錯した複雑な感情を抱いてるのだなと感じ取っていた。
めったにいない父親が夕食の席などでちらっと漏らす、満州で生まれたんだといった言葉から、日本がかつて朝鮮半島を植民地とし、満州という広大な土地に鉄道や製鉄所など産業を導入して開発経営していたんだと知ることが出来た。それは日本が明治時代に清とロシアと行った日清戦争と日露戦争の代償として手に入れた土地だったらしいが、中国とソ連とアメリカという3つの大国と利権をめぐって争ったことが日中戦争、太平洋戦争へと発展し、国自体を壊滅寸前にまで陥れたということをMの口からも聴き納得していた。
小学校の社会科の時間に、先生が、満洲に始まり中国との戦争に陥込んでいった歴史について話した時も、僕は、せっかく勝ち取った満洲という土地を、欲張って拡大しようと企んだがために国際社会から断罪され、すべてを失ったことを残念に思った。
「リットン調査団」という言葉を先生が口にしたことを覚えている。高校生になってから、図書室にあった歴史の本を読むと、張作霖の暗殺や盧溝橋事件は日本の関東軍が仕組んだ謀略であったと書いてあった。中国側が仕掛けたと見せかけ、中国へ攻め入る口実を作るために事件を起こしたのだった。そういった卑怯な、トリッキーな国際社会を欺くような謀略を行い、真相が暴露されてもなお平然と自分たちに正義があるかのような顔をし続け、子供たちに、それが愛国心であるかのように伝える、かつての軍人たちがいまなお居ることを僕は恐ろしいと感じ、恥ずべきことだと感じた。
日本は欧米の植民地となっているアジアの同胞を解放するために戦争をした
のだと言う人たちがいるが、ほんとうに植民地解放戦争をしたのだったら、朝鮮半島や中国を含めアジアの国々が独立し日本の競争相手となるまでに発展したことを何故喜ばないのだろうかと思う。『大東亜共栄圏』とか『八紘一宇』とかの言葉は、やっぱり、あとからくっつけた戦争を正当化するための擬装にすぎなかったと思う。
中学の同級には学校に日清日露の戦争場面を描いた絵本を持って来てみんなに見せたりする子がいた。彼の家に誘われて行くと、床の間に白木の神棚が祀ってあった。僕は、Mから聴いていた神棚と天皇制の関係を思い、そこにも戦争の臭いを嗅ぎ取った。
母親は皇室についての新聞報道にいちいち興味を持つらしく、子供たちに話すのだったが、子供らは皇族など他所の世界の存在と感じていたし、自分たちの毎日の生活と何の関係も見出せずにいた。ただ僕が生き物が好きで、将来生物学者になりたいと話すと、母親は生物学なんて天皇陛下みたいに生活に困らない人がやる学問で、暮らして行けないから止めておけと言った。その時にだけ、へえ~、天皇というのは随分恵まれた境遇にあるんだなと感じ、生物に興味を示される昭和天皇に親しみを抱いたのだった。
戦後すぐに天皇陛下が、それまでの現人神などという神話を自ら打ち破って『人間宣言』をされた。私はあなた方と同じふつ~の人間なのだと宣言をされたと小学校で先生が教えた時も、生物学という科学研究をされておられる陛下なら、そういうお考えが出てくるのも当然で、現人神などという非科学的なことを国民に信じさせてきた軍国主義体制を否定され、正しい考えを国民に望まれているのだなと、その宣言をなさった陛下に敬意を抱いたもんだよ」
「ハッコウイチウってなにかしら? わたししらないわ」
黙って聴いていたロクサンヌが言った。
(つづく)
