映画「ハンナ・アーレント」 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

8月にパリへ出た機会に、カルチエ・ラタンの小さな映画館で「ハンナ・アーレント」を観た。

正直に言って、この映画に感動したとか感銘を受けたなど全くなかった。終わり近くにハンナが教壇でナチスの「人道に対する犯罪」につき弁じる場面だけがかろうじて熱演と感じられたくらいだった。

ひとつには、エリザベス女王やサッチャー首相をモデルにした映画にも感じたのだが、メリー・ストリープがどんなに好演していても、ご本人には貫禄負けするなと感じてしまうこと。

ハンナ・アーレントの本に載ってる若い頃のご本人の写真の方がはるかに好感が持てるし、美しく愛嬌ある顔をしてるなと思う。「アーモンドの実」のような黒眼といい、長い額といい、師のハイデッガーが恋に墜ちたのも頷けるほど。

ふたつめには、テーマそのものが映画化に難しいことによる。哲学者の思惟を表情、身動きといった外面的な映像では表現しきれない。映画の限界さえも感じた。やたらとタバコを吸う場面が出て来て、うんざりしかけた。長椅子に仰向けに横たわって思考に耽る姿が映されるが、著作を齧り読みした程度の者には、なんとも退屈に観えてしまうのだった。

映画は、モサドがブエノスアイレスの郊外に名を変えて潜んでいたアイヒマンをバスを降り自宅に入る直前に拘束する夜の場面で始まる。アイヒマンの絶望的な囚われた獣のような叫びが聞こえる。

全体主義の構造解明で世界的に有名になっていた、ユダヤ女性哲学者はニューヨークに住み、翌年エルサレムで始まった「アイヒマン裁判」を傍聴し、記事を書く依頼を受け、エルサレムに赴く。そこでは、彼女が若い頃ドイツやパリで親しくした旧友とも再会する。

第二次大戦中、ナチス・ドイツがユダヤ人の絶滅を図って推し進めた「最終的解決」。ポーランドなどの強制収容所、特にアウシュヴィッツとビルケナウに造ったガス室へ、ヨーロッパの占領国からユダヤ人を家畜運送用の貨車で機械的に続々と運び、最低で600万人、推定では1200万人を殺害したシステムを構築したアイヒマンを普通、とても我々と同じような並みの理性と感受性をもった男と考えない。なにか悪魔的な特別残忍な怪物を想像する。

しかしユダヤ女性であるハンナが裁判で眼にしたアイヒマンは、そのような想像と全く反した、卑小に見えるほど普通の男だった。検事の尋問に「命令に服しただけです」を繰り返す。自分で考えることを捨て、一民族の絶滅という途方もない企画を実行に移すための機構(システム、メソッド)を作り上げ、動き始めた機構に機械的に従ったまでです、と言い逃れる。ここには人間の感情も善悪の判断をも放棄した、(多少高級な)官僚の姿があるだけで、ハンナはそれを見てしまう。

悪魔を捉えて処罰する。特にユダヤ人の間には、この裁判にそうした期待がかかっていたため、ハンナが感じ考えたことを正直に新聞に発表したところ、轟々たる非難が巻き起こる。

「裏切り者」「悪魔の犠牲となった数百万の同胞の恨みをないがしろにする」「ただちに撤回しなければ命の保証はないぞ」

ユダヤの組織から直接脅迫を受け、旧友からも絶縁される。脅迫に抗いながら彼女は己の信じるところを公表する。そこに哲学者の良心、「考える人」たることを貫く良心がある。

アイヒマンは怪物でもなんでもなく、われわれと同じ普通の人間だった。現代社会では、誰しもが知ると知らぬに関わりなく犯しうる罪があることを彼女はアイヒマンを通して見たのであり、集団的犯罪に誰もが関わり得ることを明かしたが故に轟々たる非難を浴びたのだと思う。

ナチスは、初めからユダヤ人をガス室に送り込むことを考えていたわけではなく、ポーランド侵攻の段階では、マダガスカルに集団移住させることを考えた。しかし運送の困難など実施上不可能と判り、ゲットーを次々に作って隔離した。

日本は三国同盟を結ぶ前に、満州開発にユダヤ人の力を借りようと軍部でも「河豚作戦」など立案したのは事実らしい。がドイツと組んだことで、計画だけに終わったので、You Tube にあるような日本の軍部が人種差別反対を掲げて英米と戦争した証拠として、「河豚作戦」やリトアニア領事のユダヤ人への通過ビザ発行を挙げるのは筋違いというものだろう。

ナチスは巧妙な宣伝工作を行い、ゲットーがあたかも楽園であるかのような映画を見せて怖がるユダヤ人を騙し続けた。大量に殺戮されるがままで、なぜ反抗しなかったのか? 殺されると考えなかったのか? とハンナもユダヤ人自身に向けて批判の矢を向けるのだが、これはむしろ、ガス室へ入る直前まで恐怖を感じながらも殺されるとは考えたがらなかった能天気な自民族へのハンナの悔恨と見た方がよいだろう。

ご存じのように、ヒトラーは大量生産システムを最初に実現したヘンリー・フォードの崇拝者であり、フォードはユダヤ嫌いだった。ロシアの秘密警察がボルシェビキ革命弾圧のためにでっち上げた偽の本「シオンの賢者の議定書」をフォードは自分が経営する新聞に掲載し、単行本で出版した。

ヒトラーは自宅の応接間にフォードの肖像を飾り、「シオンの議定書」を来客があるごとにプレゼントした。

この辺のことは、拙作「アンナがいたパリ」にも書いたので興味ある方は是非お読みください。

第二次大戦が、フォードシステムに代表される大量生産システムを持つアメリカ合衆国と、二つの全体主義国家、ナチス・ドイツとスターリンのソ連の間で最終的決着がつくまで戦われた戦争だったことは、よくよく考えてみるに値する。

自動車工場を舞台に、旧作の書き直しと、新作の構想を練り始めためのおには、この辺がコアとなる気がしています。

同じユダヤ女性の哲学者で、労働の疎外を体験するため自動車工場の工員となり考察をすすめたシモーヌ・ヴエイユは、現代社会の疎外について「現代人に大切なものは国とお金しかなくなってしまった」と書いています。


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