天の国、地の国ーその③ | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える


 この恐怖と混乱の中、敬虔なイスラム教徒としてアルジェリア独立戦争に指導的な働きをし、独立達成後の権力争いから身を避けモロッコに亡命していたファテイア・ブデイアフが、その高潔な人格の故に、各界からの要望を一身に受けて大統領に就任した。ブデイアフの第一に掲げた理念は政治腐敗の清浄化、汚職の追放であった。

就任から数週間とたたぬ一九九二年六月二十九日、アンナバ市の文化会館で、祖国に清潔な倫理と高邁な理念を取り戻す呼びかけをしていた講演の壇上で、ブデイアフ大統領は、護衛隊にまぎれ込んだテロリストの銃により暗殺された。

 テレビ中継を見ていた国民は恐怖におののいた。新聞は暗殺会場で大統領に発砲したテロリストの一人、ブマラアフィ少尉はFISのメンバーと報道した。だれもがFISの犯行を疑わなかった。

ブデイアフ大統領暗殺から数年経った命日に当たる日にムホクは、大統領の妻ファテイファが暗殺前夜の様子をフランスの新聞記者に語った記事を読んだ。
「夫は、アンナバ講演に私は随伴しないよう、オランの親戚の家へ行くように言いました。あの晩、夫はいつもより丁寧に風呂で身体を洗っていました。私が風呂場へ入ると、タオルで身を隠し、いつもは見せたことのない、肉体への羞恥を示したのでした。オラン行きの飛行機が離陸する直前に警備の係員が乗り込んで来て、私に飛行機を降りるように言いました。理由は一言も告げませんでした。公用車で自宅へ着くと、妹が電話をくれ、その叫び声で、はじめて夫が殺されたことを知りました。私はとっさに、夫の祖国への復帰を望まない連中が殺したのだと直感しました。前夜の長い風呂は、誰かが危険を夫に知らせたためかもしれないし、本能的に何かを感じたのかも知れない。私には毛ほどもそのようなことは言いませんでしたが、夫は、敬虔なイスラム教徒として身を清浄にし、この世とは別の世界へ行こうとしたのだと、あとで考えたものです」

彼女は事件後暗殺の真相を解明するために、周囲の抑圧を撥ね退け、子供や友人をモロッコへ置いたままアルジェリアに残り、他方、ブデイアフ財団を創るなど祖国の女性開放のために闘争を続けた。
「夫が暗殺されてから、モロッコへ帰るよう薦めてくれる友人がいましたが、私は事件の真相を究明したくアルジェリアに留まり、ここ数年間、夫を暗殺した真犯人を探る努力をしてきました。その結果、今日では、ある程度、犯人に近づくことができたと確信しています。少なくとも真犯人はイスラム原理派ではないと断言できると思います。暗殺の知らせを受けた時、私が直感したように、犯人はこの国の権力にあって、民衆の上に居すわり私腹を肥やしていた腐敗官僚、権力の中枢にあるサークルを牛耳っている政治・財政マフィアです。ひとつの派閥は軍人たちで民主化への道を決意し、夫をモロッコのケニトラからアルジェへ呼び戻しました。もうひとつの派閥は権力者の中の旧独裁政党の権益を守ろうとする保守派たちで彼らが夫を亡き者にしたと確信しています。ブマラアフィ少尉について、私は大統領の恩赦を願い出ました。ひとつは彼の撃った銃弾が夫を殺した確証がないこと。もっと背の高い男が銃を撃っていたという現場に居た人々の証言があります。彼が犯人だったとしても私の恩赦請願にかわりありません。彼が一人で実行したのではないと私は確信しています。恩赦により、彼が、ある日、犯行をそそのかし指令した背後に居る真犯人の名を明かしてくれることを私は願っています。死んでしまっては真実を明かすことができませんから」

 軍やFLNの要人でなく、何の武装もせず自衛の手段も持たぬ大学教授やジャーナリスト、そして近頃はうら若い娘や子供までがテロの犠牲にされている。まばゆい太陽に満ちた故郷が狂信者どもの手で地獄に引きずり込まれて行く。祖国の現状はムホクの心を暗澹とさせるばかりだった。


(つづく)



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