天の国、地の国ーその② | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える


このブログには未発表の「イカルスの墜落」の一節を数回に分けて投稿させて頂きます。
「イカルスの墜落」はフランスのノルマンデイー地方を舞台にした長編小説ですが、この夏改稿し、秋に電子書籍として出版の予定です。

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ムホクはベルベルと呼ばれる北アフリカの先住民の子孫であり、七世紀に左手にコーラン、右手に剣を持ったアラブ人が故郷を征服して以来、彼らがこの地の支配者となり、その後、フランスに統治され、戦争を経て、一九六二年に独立した後のアラブ民族主義とソ連化、西洋化の風潮の中で、民族の誇りとしての伝統的な民謡や音楽、言葉を受け継ぎ、ベルベルの魂や心情を歌にして歌ってきた。だから、現代的で大衆的なRAIの流行には異質なものを感じていたが、音楽を愛する仲間として付き合い、時に共感すれば演奏活動にも加わった。

ムホクの血にはギリシャ人のような地中海的澄明さと現世の喜びを享楽する人間主義が流れている。
人間の享楽や快適な生活と欲望の充足を求める経済活動や、その繁栄の空しさや産業の発達による地球環境の汚染や人口過剰や食糧危機や、この地球がいま抱えている問題は、人類の存続を願うならば、過剰を阻止し行き過ぎを是正する必要があり、その意味で宗教が人間の過度の享楽に否定的なのは理解できる。

だが、ムホクは神とか絶対的真理とか人間の背丈を超えた宇宙的な視点から、鋼鉄のように歯向かい難く、超越的で冷酷無比な存在があるかのようなドグマを立て、一個の生身の暖かい血の流れる人間の行為を弾劾するのは誤りだと思った。
ムホクの肯定できる宗教は、歌や踊りや人間と大自然との共感を基とした祭りだった。

$フランスの田舎暮らし-アンナバ


あのアトラス山脈の雄大な眺め。赤茶けた岩肌に苔のようにこびり着いた草や潅木。点在する民家とまばらな羊やロバの影。ゆるやかな弧を描いて果てしなく続く高原。吸い込まれるような深い空の青。そのような故郷の光景をムホクは夢にまで見ることがある。

ムホクの家があるアンナバの近くのシライデの山。コルク樫の原生林に覆われ、アフリカ人の縮れ毛の頭のような山が急に海に落ち込む人気のない海岸の光景。その海の深い藍の色。父や母や弟たちは無事だろうか? 故郷を去る直前まで働いていたアンナバの製鉄所の光景がふと甦ることがある。製鉄所に勤め始めたばかりの頃に……それは十年以上も昔のことだったが、生産性の指導に来た日本人のグループが居た。ニッポン・スチールと彼らは自らの社名を呼んでいたが、初めて見る東洋人がムホクには珍しく、その名前がアンナバの街のローマ時代の呼称、ヒッポンヌと似ているのを愉快がった時代が懐かしい。日本人の中に、先日アブドラが連れて来た、カズというフルートを吹く青年と似た顔の技師が居たことも思い出した。

あの時代はまだアルジェリアの将来に希望があった。石油とガスを唯一の元手に急速な近代化・工業化を計ったブーメデイアン、ついでシャドリ大統領の時代。ひずみは次第に溜まっていったのだ。独立を勝ち取ったFLNの一党独裁が続き、権力の座にある者たちと彼らの係累で利益に与り、甘い汁を吸おうと蜜に集る官僚や大企業経営者。

アルジェリア独立戦争で主導的役割を果たしたFLN、国民解放戦線は独立後三十年間西欧との関係を密接に保ち、西欧的な近代化、工業化を推進しながら独裁政権を維持し、その間、政治経済の枢要にあった一部のエリートたちは民衆の窮乏を尻目に私腹を肥やしていった。彼らは特権を利用し、広大な邸宅に住み、スイスに匿名口座を持ち、プロジェクトがある毎に外国企業から庶民が想像もつかない巨額の賄賂やコミッションを受け取り、個人資産を膨らませていった。

階級の無い社会を標榜していた政党が次第に民衆との差を広げて行く一方、伝統に根差す宗教を土台にしたイスラム原理派は民衆の幅広い支持を獲得していった。

GIA、武装イスラムグループによるアルジェリアの民間人の無差別テロ、虐殺の原因は独裁政権に巣食う腐敗にあった。イスラムのモラルを呼び覚ますことにより政治の浄化を訴え、民衆の支持を得、民衆の間に保たれていた宗教的戒律が腐敗浄化と現状打破のエネルギーとして復活し、政治的教条に利用された。社会主義圏の自由化という潮流に逆らえず、一党独裁を形だけ廃止し、政党自由化を建前として初めて施行された第一回選挙にFISが雪崩現象により大量の票を得て圧勝した。イスラム原理派に政権を奪われアルジェリアがイラン化し西洋世界と断絶してしまうことを恐れたFLNは選挙の無効を宣言し、軍を使ってFISを弾圧し、第二回投票を中止し、FISの指導者を投獄した。

正当な選挙で勝利をおさめたと確信するイスラム原理派は、腐敗した権力への民心の怒りと離反が明瞭になった後もなお不正を隠蔽し、力づくで居座ろうとする権力者たちを、神による正義を下し、死をもって屠るべき悪として憎悪した筈である。腐敗の根元で西欧と結びつき、国民の財産であるべき石油ガスを私物化し、近代化の名のもとに私腹を肥やしてきた政治・財政マフィア。軍を動かせる権力亡者に死の絶望をもって歯向かうと決めたテロルの恐怖。権力者もろとも、物質文化にたぶらかされた民衆を屠り地獄へ引きずり落とさねばならない。無差別テロでアルジェリアを恐怖におとしいれ、、政府を脅かそう。こうしてFISよりも過激なGIA、武装イスラムグループが組織的な活動を開始した。彼らは村を襲い、女を犯し、老人や子供を屠殺しはじめた。イスラムの正義の名のもとに血まみれた殺戮の地獄絵が始まる。

(つづく)



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