天の国、地の国 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

エジプトの情勢は危険を孕む。公正な選挙で選ばれた大統領を軍が解任した。モルシ派の「イスラム同胞団」は、このたびのエジプトの軍による事実上のクーデターを決して許さないだろう。

$フランスの田舎暮らし-鉢


記事とは関係ありませんが、上の写真は、先日買ったグレの小さな植木鉢に、ヴェルヴェンヌを植えたものです。

アルジェリアでは1980~90年代に似たような状況が起こった。めのおはエジプト情勢を良く知らない。ただ、今週起こったことを見て、30年前のアルジェリア情勢を思い出す。

フランスの130年間にわたる植民地支配から1954~1964年の独立戦争で100万人、国民の9人に1人の犠牲を払って独立を達成したアルジェリアは、その後も軍が強い力を持ち、独立戦争の主体だったFLNが独裁を続ける中も、実権は軍にあった。

チュニジアの「ジャスミン革命」に30年も先行して、アルジェリアでは民主化運動が澎湃として起こり、その流れで1989年に憲法改正がなされ複数政党制が認められた。その結果、1991年に行われた選挙では、イスラム穏健派の「イスラム救国戦線(FIS)」が圧勝してしまった。

イスラム派が政権を握ることにより、欧米との関係が冷却するのを怖れたFLNと軍部は共謀してクーデタを起こし国家非常事態宣言を発令して、選挙で選ばれたFISの指導者を投獄してしまった。

イスラム救国戦線の勝利の原因は、それまアルジェリアの政治経済を牛耳って来たごく少数の支配者たちが、天然ガス、石油プラントなどプロジェクトを発注するごとに欧米企業が差し出す賄賂で私腹を肥やす腐敗した構造に民衆の怒りが爆発したからである。チュニジア、エジプトの大統領も同じ理由で支配の座から引きずり降ろされた。

エジプトのモルシ大統領は選挙後、まがりなりにも1年間政権の座にあったが、アルジェリアでは即座に軍が介入し、正当な選挙で選ばれ政権を握って当然なFISの指導者を監獄に送ってしまったのである。

結果は目に見えている。イスラム原理主義過激派が武装イスラム集団(GIA)を結成し、軍と武力による対決を開始し、90年代のアルジェリアは事実上の内戦状態に陥った。テロによりアトラス山中の小さな村の住民全員が虐殺されるような事件が日常茶飯事となった。

GIAは、親欧米派を狙い撃ちし、特に民衆を魅惑するリベラルな歌手、ミュージシャンの暗殺リストを作って次々と殺害した。ライの最も人気のあったハスニが殺されたのもテロのためだった。内戦は2002年まで続き、犠牲者は10~20万人といわれている。

1999年の選挙でブーテフリカ大統領が誕生し内戦は一応の休息に向かった。ブーテフリカは元SONATRACH(ソナトラック=国営石油ガス公団)総裁である。親欧米派が一応の情勢安定化に成功した。2009年の選挙でブーテフリカは90.24%の支持を得て3選されている。

めのおは、イスラム原理派の狂信的なところ、ファナチックなところが嫌いだし、だいいちシルクロードの仏像を破壊するなど偶像崇拝を禁じるところなど、美術・音楽は文明の基本だと思ってるめのおのには容認しがたい。美術・音楽と宗教とが密接な関係を持って歴史を作ってきたキリスト教文明の方が、はるかに親しみやすいと思っている。

ただ、ほんの一握りの支配者が欧米(日本を含む)企業が契約を獲るためにフィクサーなどを使って裏金を渡し、巨額な金額をスイスの個人口座に振り込んで財産を築く。権力の座に居る者とそれに近い者が甘い汁を吸う構造に、人間の内面を重んじ、「天の国」を信じ清貧な暮らしを勧める宗教が「地の国」の腐敗を断罪する構造は、イスラムもキリスト教も変わらないと思う。

「天の国」「地の国」という言葉を使ったのは、聖アウグスチヌスで、イッポンヌと呼ばれていた現在のアルジェリアのアンナバを中心に活動したベルベルの人である。めのおはアンナバにある製鉄所で「ニッポン・スチール(旧新日鉄)が行ったコンサルテイングの現場通訳で6か月働いた。イッポンヌとニッポンが似てるねと、アルジェリアの人たちは親しみを見せた。

西欧には宗教(教会権力)と政治権力との確執が、千数百年に渡って続き、政教分離が明確にうたわれたのは近代になってから。フランスでは大革命後のナポレオンが、政治と宗教はお互い干渉せず、それぞれの分野の自由な活動を尊重しようとローマ法王と取り決めたのが始まりといわれる。

 (つづく)


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