山田君のこと | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える


中学2年生の時だった。同じクラスに山田君という子がいた。僕は、どういうわけか後にも山田という姓の人と縁が深いのだが、それには深い意味があることが後になって分かった。そのことに関しては、また別の機会に書く。

 山田君は、黒くまっすぐな艶のある髪を目の縁まで垂らし、にっこりと愛嬌ある笑顔を絶えず浮かべた爽やかな感じの少年だった。

 山田君と僕がどういうきっかけで親しくなったかは覚えていない。
 僕らの中学校は、今は新宿中学校と名前を変えてしまったが西向き天神という高台にある境内と、都電の車庫の間にあり、新宿駅からはかなり距離のある所にあった。山田君は神奈川県に家があり、小田急線で毎日1時間以上掛けて通って来るのだった。愛嬌ある笑顔の山田君が、毎日電車で長時間掛けて通ってくることに僕は興味をそそられた。それと、僕には自分で言うのも妙だが多少ホモの気があって、山田君の愛嬌ある美顔に惹かれていたのかもしれない。とにかく、何かのきっかけで親しい口を利く様になり、山田君が吃音とはいわないまでも、沈黙の状態から急に、内に秘めた強いエネルギーに押し出されでもしたように、甲高く裏返った声で、自身が持つ強い欲望に押されるような様子で、勢いを籠めて話しかけてくるのに捉えられた。なぜかは分からないが、僕らは互いにとても気が合うという感情で結ばれたように感じた。

 ある日、彼は僕に「シートンの動物記」を読めと勧めた。そして最初の一冊を貸してくれたのである。それまで本といえば、少年文庫の「西遊記」とか「クオレ物語」くらいしか読んだことがなかった僕は、北アメリカ大陸の大自然を舞台にオオカミの内面に入って語られる物語にすぐに魅了された。もともと自然科学が好きで、雑誌も小学校の高学年の頃から「子供の科学」をとったりして社会現象や政治などより、魚や小鳥を飼ったり、昆虫や植物を観察したりするのが好きだったから、「動物記」はすごく面白くて、1冊読み終わるとすぐに、図書館にあったシリーズを次から次と借りて読んでいった。


$フランスの田舎暮らし-原付


 そんなことがあってさらに仲良くなり、やがて山田君は、バイクを親に買ってもらって乗り回してると話し、家へ乗りに来ないかと誘い、僕は週末に彼の家へ遊びに行った。自転車に50ccエンジンを付けたくらいの原付自転車みたいなバイクだったが、山田君が運転する後ろに乗せてもらい田舎道を風を切って走るだけで、結構なスピード感を味わい、ちょっとした冒険をしたような気分を味わった。
 当時は、不便な田舎に住んでるからバイクを買って貰ったのだろうと単純に考えていたのだが、「あの事件」の後になって考えてみると、やはり父親と子供の関係がバイクを買い与えるという行為にも表れていたのだろうと思う。
 山田君との接触は、それが最も親密で、かつ最後だった。3年になって山田君は別のクラスになり、その後違う高校へ行ったので、僕は彼のことを忘れてしまっていた。

 高校に入学して二ケ月も経たないある日のこと、中学が同級で今は隣のクラスだったMが、休み時間に僕を廊下で捕まえ、突然、重大な秘密を打ち明けるように半ば得意げな顔で言ったのだった。

 「中学に山田君ていたろう。彼、自殺したんだ」

 言いながら彼が差し出したのは、折り畳んだ粗悪な紙に印刷された週刊誌の記事だった。僕は、Mが僕にショックを与えることを楽しんでる様子なのが恨めしく、週刊誌を通俗なものと決めつけていたので、差し出された4枚ほどの紙を不潔なものに触るように不快な思いで手に取った。

 その記事には、陽が射し込んでいる畳敷きの部屋に炬燵が置かれ、座布団や小物が散らばった写真が載っていた。記事には大きく、「不純異性交遊の果てに自殺」などというような見出しが付けられていた。親が多忙で不在の間に、少年はたびたび少女と遊ぶようになり、とうとう肉体関係を結んでしまった。親が気が付いて、きつく叱ったためと、ふたりの未成年の関係が抜き差しならない状態に陥っていたため、少年は睡眠薬を多量に飲んで自殺したと書いてあった。

 あの明るい山田君が、ここに書かれたような忌むべき言葉、不純異性交遊という、大人が断罪する行為を続けた挙句死んだとは思いたくなかったし、若者の記事を取り上げ書き立てる週刊誌というものに憎悪を抱いた。

 僕は、それから50年もの間、山田君が世間に名の知られた作家の息子だということを知らなかった。それを教えてくれたのは、昨年、フランスの拙宅まで来て下さった小学校から中学まで同級で通したハリー・メイさんだった。
 
 (つづく)


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