キーンさんの「日本人の戦争」 その② | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える


ヒトラーがナチを結党した記念の場所、ミュンヘンのビアホールで、20年後に演説した要旨を読んで伊藤は日記に書く。

「読んでみると、やっぱり、この演説をした人は天才であるとの感を深くする。人の心を把握する力は、素晴らしい。(中略)個人の信念と才能とが国民を指導し、人を信じさせる力は偉大なものだと思う。この戦争は十九世紀以来の民主的社会思想の表現した「人間の弱点の正当化」という、人とは弱い者なりとの観念を踏み破り、意志の力、人格の尊厳、人間の美しさにこの上ない価値を見出して来てる。」

いうまでもなく伊藤はヒトラーが行っていたユダヤ人絶滅という残虐行為を知らなくてこう書いたのだが、この時代の日本人は、僕の両親を含めて多かれ少なかれ、同盟国ドイツを率いる総統に対して、似たような感情を持っていたらしい。

戦後、「無頼派」の一人として江戸に関する深い造詣を示しながら、精神の牽引力を感じさせる特異な文体で次々と傑作を発表した石川淳でさえ、昭和17年にはこう書いている。

「ドイツに関する限り、ヒトラアはみごとな指導者に相違ない。(中略)今後、万一彼が失敗したとしても、それは美しいものだと想像させる」

この文は、後の三島由紀夫の盾の会と割腹事件を暗示してでもいるかのようではないか。

$フランスの田舎暮らし-026


キーンさんによる伊藤についての解説が面白い。上に見るように、今になって僕たちが、伊藤が戦時中に書いたものをみると、国粋的だと感じるわけだが、伊藤自身は自分がそうだとは感じていなかった。逆に、政府と同様出版界の中にもいる国粋的な極端論者たちが、自分のように西洋文学を学んだ者の作家としての生存を、危うくするだろうと考えていた。

年齢も40歳に近づいていた伊藤は、徴兵の上限が45歳に延長されたことで、戦場へ送られる危険を一層感じるが、戦時中の日本人がどのように生きたかを後世に伝えることが自分の使命だと決意し、戦場へ送られる日まで、日記を書き続けることを誓う。事実、考えてもいなかった敗戦を迎えるまで伊藤は日記を書き続けた。

神風特攻隊編成について伊藤はこう書いている。

「昨日の朝刊にて、我々は自ら敵艦に突入する目的をもって出発する神風特別攻撃が出、……。帰還しない目的の飛行機を作っているということは、一月ほど前から度々耳にしていた。(中略)……遂にここに姿を現した。日本民族の至高の精神力の象徴である。これで日本が勝てぬようならば、人間の精神力というものの存在の拒否となり、人類は物質生産力による暗黒支配の中に入るとしか考えられない。否日本人は、この精神力によって戦いとおすにちがいない。(中略)日本人の行動の極点である。」

「物質生産力による暗黒支配」という表現は、戦後、「氾濫」という長編小説を書いた作家伊藤整が、40歳になろうとする年齢で、人間の精神力に至高の価値を置いていたことを示して興味深い。なぜなら、「氾濫」という小説は、戦後の高度経済成長期に、一人のエンジニアが自力で研究開発し特許を取得して会社を興し、一旦は成功の頂点に立ちながらも、破滅する物語だから。

同じ時期に伊藤整が「イカルス失墜」という題の小説を書いていることを、こんどウイキを調べていて知った。僕には十年以上前に書いたフランスを舞台にした長編小説があるのだが、その題を「イカルスの墜落」としていた。

僕は伊藤整の「イカルス失墜」を読んだ記憶はないが、もしかすると題名だけ見たことがあり、それが意識の底に残っていたのかもしれない。この夏、全面的に書き改めて秋には電子書籍化する積りだが、タイトルも変えないといけないなと感じている。

(つづく)



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