6月16日(日)は真夏日だったので、昔馴染んだ土地巡りをしてきました。
それと、植えて3年目のサクランボが、やっと実を付けました。天候不順で甘くないですが……。
まず、行ったのはエピジイ(Episy )。ここは、ロワン川に沿った運河の閘門(こうもん、écluse エクリューズ)があるところです。
ロワン川( Loing )はおらが村のサンファルジョー辺りから出て、北上してモンタルジスを通り、ヌムールで東へ蛇行して、モレ・シュル・ロワンでセーヌに合流します。モレのほんの4kmほど東のモントローという町では、やはりセーヌの支流のヨンヌ川が合流し、3本の川が一つになってセーヌとなりパリに流れ込むわけです。
さて、エクリューズのカフェーで休もうと思ったら、大きなボートが運河をやってきました。どうやらオランダ人のご夫婦が二組、フランスの運河クルーズを楽しんでるようです。
ここは運河に落差があるので、閘門を通らねば先へ行けません。
ミヌチュアのパナマ運河ですね。
働いてるのは女性がたで、トノサンふたりは日陰でお休み。
ボートが2か所ある閘門の間に入ったら、éclusier (エクリュジエ、水門監視操作人)のお兄さんが、入り口の水門を閉じます。手作業です。
お兄さんと呼んじゃ悪いかな?
7歳くらいの男の子が、僕ら夫婦の傍へ寄って来て、「あそこに、サクランボが生ってるけど、ひとついらない?」 と気弱げに、しかし遠慮などまったくない声で囁きました。「ホホん。お小遣いおねだりだな」。カミサンは人がいいのですぐ同意しちゃいます。子供は向岸の大きなサクランボの木から、ふたつだけ実を摘んで持って来てくれました。もちろん、お礼をあげねばなりませんね。カミサンは気前よく2ユーロ渡しちゃう。2粒で!高い!しかも水っぽくてぜんぜん美味しくない。「ノーブレス・オブリージュ」たまには気分だけでも貴族になったつもり。子供もお兄さんも、閘門脇の家に住んでるんです。
そうこうしてるうちに、お兄さんは、舳先側の水門へ行き、やはり手作業で、こんどは水門を開いて、水位が高い方の水をプール内に入れます。
こうして、水位が進行方向の運河と同じになったら水門を開けて、ボートは無事、クルーズを続けます。
この日の収穫は、畑一面のコクリコ(ひなげし)を見られたこと。ちょっと小高くなった畑にコクリコが赤い絨毯のように鮮やかに咲いていました。
場所は、ジュヌヴレイ Genevraye といって、パリからの電車の駅があるモンテイニー・シュル・ロワンの対岸です。
小さな、鄙びた感じの教会が丘の上に建ってます。
ロワン川の小道に沿って、モレ・シュル・ロワンへ行きました。
パーキングの横にあった不動産屋さんが無くなっていました。不況で不動産売買もはかばかしくないんですね。
川沿いの木陰に車を停めて、パン屋さんでサンドウイッチを買い、橋の下の石畳に腰を降ろして昼食です。
カナール(鴨)が餌をねだりに寄ってきました。
水量が豊かですね。昔、ここへも良く釣りに来ました。ガルドンといって、ハヤとクチボソの合いの子のような小魚がいくらでも釣れます。けっこう大きくなる魚ですがね。小骨が多いので、食べないなら、いたずらに殺生は良くないと思い釣りは止めました。
橋の下から眺め上げた構図です。この橋はシスレーが何枚も描いてます。
晩年のシスレーは、ここモレへ引っ越してきて、サンマメや運河の周辺の絵をたくさん描き、ここで没しました。胸像とシスレーが住んだ家が残ってます。中は見られません。
久しぶりに、フォンテンヌブローの森を歩きました。ハイキング・コースが色分けで初級・中級・上級と示してあって、僕らはたいてい初級コースです。
行きなれた場所は、ゾーン・ド・シランス。車道からは遠い静寂な地帯です。岩が露出した細道を登って頂上へ。見晴台のベンチは昔のまま残ってました。
遠くまで一面の松林です。
でも、フォンテンヌブローの松は、ドイツの黒い森同様、人間があとから移植したものだそうです。
原生林は、ブナ、ナラ、樫などの広葉樹ですね。
富士山が世界遺産に登録されましたね。フォンテンヌブローの森も世界遺産です。国営森ではありません。国営森になると木の伐採ができなくなり、木々の健康を保つのに必要な管理が出来なくなると営林署の人が説明してくれたことがあります。
久々に歩いて翌日は脚が痛くなりました。でも爽やかな気分になりました。天気の良い日はなるべく歩くようにしようとカミサンと話しています。














