キーンさんの「日本人の戦争」 | 雷神トールのブログ

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「日本人の戦争」作家の日記を読む(ドナルド・キーン著 文春文庫)は2つの点で僕にとり非常に意味深い本となった。ひとつは伊藤整の戦時中の日記の一部を読めたこと。もうひとつは山田風太郎の日記によって僕の青春時代に起こったある事件を理解する上でのカギを与えてくれたからだ。

$フランスの田舎暮らし-さくらんぼ」


 まず伊藤整。近代日本文学館設立に奔走し、理事、のちに理事長を務めた人。夏目漱石の衣鉢を継ぐ20世紀日本文学の重要な小説家、文芸評論家。ジェイムス・ジョイスの「ユリシーズ」という難しい作品を翻訳した英文学者。なによりも「チャタレイ夫人の恋人」の翻訳出版で出版社だけでなく翻訳者も「わいせつ文書」出版の廉で最高裁から有罪の判決を受けた。

 僕は長い間、伊藤整という作家は、僕の両親と同じ世代、大正生まれだろうと思っていた。僕の両親は大正7年生まれだが、今度調べてみると伊藤整は明治38年の生まれで、ひと世代半上だ。母親は伊藤整の「氾濫」などを読んでいたから、親と同じ世代、大正デモクラシーのリベラルな思想と感受性を体現した小説家、評論家とばかり思い込んでいた。

 思春期に伊藤整の文学理論を読んで文学に眼を開かれたようなものだった。「小説の方法」「小説の認識」のある部分は今でも暗唱できるぐらいに覚えている。この本を読まなかったなら日本文学とは永久に出会うことはなかっただろう。志賀直哉の「城崎にて」を伊藤は「下降意識」という概念を用いることで解りやすく、何故この作品が感慨を呼ぶかについて解説している。人間は病気に罹って死に向かって下降するとき、あるいは太宰治のように社会から断絶して落ちこぼれてゆく下降意識を持つ時、「生」をより強く実感し、生きていることの意味を悟る。「城崎にて」の主人公(筆=志賀)は病気療養に城崎温泉へ来て、川の畔で柳に掴まろうと何度も跳び付くカエルをじっと見ている。私小説の極地である「城崎にて」から西洋の本格小説まで伊藤整を読むことで小説とはどういう芸術かをある程度理解できたと思う。
 
 長編小説「氾濫」を読んでこれぞ現代日本が生んだ本格小説と小躍りするほどの喜びを覚えた。30歳を過ぎたばかりの頃だった。いつかこんな小説を書きたいと思ったものだった。
 
 「ユリシーズ」と「チャタレイ夫人の恋人」を訳し、とりわけ「チャタレイ裁判」で長い間、日本の官憲の硬直性、文学、というより人間の根源的営みである「性」とそれにまつわる表現への度し難い無理解と偏見に対抗し、長い間闘った伊藤のことであるから、さぞかし「リベラル」なんだろう、戦時中も戦争には反対だったんだろうなと、漠然と思っていたのだが、こんどキーンさんのこの本で紹介されている伊藤整の戦時日記を読んで、この作家の以外な一面を見せられた気がした。
 
 昭和18(1943)年後半に主としてソロモン群島とニューギニヤで行われた戦闘につき伊藤は書く。
 
「アメリカ大陸に人類あって最大の物質文明を樹立したアングロサクソン民族が、亜細亜を植民地として支配するか、それともアジアの精鋭殉国の思想に凝り固まった大和民族が十億のアジア各種族を率いて、東亜細亜を守り通すかという民族の宿命的な決闘の只中に私たちは生きている。(中略)
 物を作るのは米国人が上手だろうが、戦闘では日本人が世界に冠絶している。日本の戦のやり方は、今の日本としてはこれが最上の戦闘法であり、それが成功しているというべきだ。」

 アメリカ軍がソロモン諸島のレンドバに上陸したことを知って伊藤は激高する。
 
 「この島に上がったアメリカ人を一人残らず殺して、ガダルカナルの仇を報じ、かつ敵の戦意を墔(くだ)かねばならぬ。(中略)ガダルカナル、アッツに続いて、三つめのこの島の上陸戦で今度こそ米軍に思い知らさなければ、国民の意気も消沈するであろう。」
 
 伊藤整の「太平洋戦争日記」全3巻は新潮社から1983年に出版された。キーンさんは、伊藤の日記を引用した直後にこう書いている。
 
 「伊藤は殺気立っているように見えるかもしれない。しかし伊藤の敵意は、間もなく彼が読んだ元駐日アメリカ大使ジョセフ・グルーに関する記事によって正当化されたようだった。あり得ないことだが、記事によればグルー大使は日本人は殺すよりほか仕方がないと発言したという。伊藤は断言する。
 
 こういう暴論を喜ぶような残虐なアメリカ人の血がたしかにある。それは彼等が新世界米大陸を開拓し、土人を殺リクする間に体得し、発展させた血液である。
 
 アメリカ人は日本人のことを残虐であるとして非難を浴びせ、漫画の中で牙をむく怪物として描いた。伊藤は、残虐性はアメリカ人の特徴だと考えた。あるアメリカ人の言葉を、伊藤は日記に引用している。そのアメリカ人は空前絶後の空襲を日本本土に加え、「人間は勿論一木一草といえども芟除(さんじょ=取り除くこと)するであろうと言ったのだった。
 その年十二月、伊藤はニューヨーク・デイリー・ニューズの社説に激怒している。社説は、「降伏ということを知らぬ日本軍を破るには、東京とその近郊を毒ガスによって壊滅させる外ない」と書いている。伊藤は叫ぶ。
 
 これを我々大和民族が記憶しておかねばならない。何ということを公然と言い出すのであろう。これは歴史に書き留めておかねばならないことだ。彼等はアングロサクソン以外は人間でないとでも思っているのだ。そんなことをし始めたら、彼等の子弟は、太平洋の島々の上で、逆に毒ガスで次々と死ななければならない事となるだろう。(「日本人の戦争」 68~70ページ)
 
 
 (つづく)


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