24日(金)朝6時起きしてパリへ行きました。目的は、在仏日本大使館へ在外投票の申し込みをすることと、コメなど日本食品を買うため。
在外投票の申し込みは、一度行って、日本で本籍以外にも住民票がもらえる状態の前の居住地が無いことを確認してから申し込むように言われ、あれこれやって、やっと、39年前に日本を出てから、その2年後に一時帰国した時に、転出届を出していた筈なので、戸籍謄本も新しく変わっており、附票にはフランスの住所だけで、何の記載もなく、転出届が出たという証明は出来ないのだが、本籍以外に住所は無いので、結局は本籍地の選挙人名簿に登録を申請することを認めてもらい、今回やっと受け付けてもらえた。この夏の参院選(もしかして両院選?)に多分、間に合うでしょうと、一応、窓口の返事が貰えたので、謄本を取り寄せるのに委任状を書いたり、あれこれ面倒だったけれど、やって良かったと一安心しました。後は投票用紙が郵送されてくるのを待ち、決められた期間内に郵送によって投票ができます。窓口の人が言うとおり、本当に間に合ってくれればよいのだが。
雨は大したことはないだろうと、傘を置いて行ったのが間違いで、メトロを出ると、どこも雨だった。
レ・アルにはクレーンが何本も立ち、鉄骨の屋根が組みあがっていた。
前回通らなかった、ウスタッシュ寺院の側に回ると、完成予想図が貼ってあった。
レ・アルが今の形になるまでにも、数年間、すったもんだの議論があって、中央市場の跡地の使用計画が定まらなかったのを思い出した。市場が壊されたのが、僕がパリに着いた1974年だから、それから3年間は大きな穴が掘られたまま、この辺は長い間、工事現場だった。板塀の隅間から巨大な穴を覗いたのを覚えている。
地下が3層のショッピングセンターになり、fnac という書籍、CD、ITの店や スポーツ用品店や映画館、アパレルの店が並び、若者の人気スポットだった時代が30年ばかり続いた。すったもんだは、地上部分をどうするか?だったと思う。結果は樹木を植えた公園となった。ほとんど散歩する人もいない、風情の無い公園なのだが。そこを、金色のドームで覆うっていうのかな?
ロンドンも数年前から建築ブームみたいだし、大都市はどこも負けずに建設ブームを見倣わずにおれないらしい。
田舎に住む者にとって、地下街は、どうにも息苦しい。新宿のメトロ・プロムナード、横浜駅の地下街、モントリオールが雪に覆われた時にも賑わう地下街。東京も、地上にはあまり人影が無くて、地下街に人が溢れている光景は、田舎もんには驚異です。
ここでは、「お絵かき」のワーク・ショップをやっていた。
ヨーロッパ産ササニシキ「ゆめにしき」はなかなか旨い。一日くらい保温にしておいても黄色くならないし、カリフォルニア米より数倍旨い。10キロ入りの米袋を肩に担ぎ、醤油、穀物酢、みりん、乾麺10本の袋を提げてやっと見つけた駐車位置まで数百メートル歩いたら、息切れがし、肩と腕がだるくなった。
食品を買ったのはパリを出る最後で、それまで車はヴァンセンヌのカミサンの妹の家のパーキングに置かせてもらった。パリ市内はメトロで移動。最近のメトロはシートの彩(いろどり)もきれいですね。
安全対策は、パリのメトロでも徐々に施されていて、ホーム側にもドアが設置された線が増えた。下の写真は、1号線の終点「シャトー・ド・ヴァンセンヌ」駅のホームです。
ヴァンセンヌはパリに隣接する郊外の町で、森とお城で有名。
このお城はまだ中に入ったことは無いのですが、一時期、牢獄として使われ、有名人としては、かの「サド侯爵」、ルイ14世の嫉妬をかって一生を監獄で送ったフーケ、そして百科全書を編纂したデイドロがいます。ジャンジャック・ルッソーはここに投獄されていたデイドロを面会に訪れています。いつか中に入ってみよう。ヴァンセンヌ市の市庁舎です。









