虫歯と戦う | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

渉は小さい時から歯が悪かった。乱杭歯だし、虫歯になんども苛まれた。

小学校の同じ学年には健康優良児の男の子と女の子が居て、どちらも歯並びがきれいで白い歯をしていた。それに比べ渉は歯が杭で噛み合いが悪いようだった。白くて歯並びの良い男の子や女の子を見ると、劣等感を感じた。

見かけだけではなく、なんども虫歯にかかって近所の歯医者さんに良く世話になった。当時の歯医者さんが使っていた機械はモーターの回転をワイヤーでプーリーに伝え研磨用の歯先を回転させる方式で、回転数も少なく、歯から頭蓋にゴリゴリと振動が伝わって、歯医者の椅子に座るたびに拷問台に乗るような覚悟が要った。

渉は、それでも小学校の頃は小まめに歯医者さんへ通っていたのだが、高校になってから億劫になり、両の奥歯の虫歯が次第に深く侵攻するのをっておいた。3年になり受験が近づいた頃、虫歯は危機的症状悪化し、顎の骨に腐食が進んで骨を削らねばならなくなった。

ズキン、ズキンと心臓の鼓動に合わせて虫歯に侵された顎の奥が痛む。その痛みは我慢できないほど激しくはなく、じわじわと腐食が進行している様が感じられるような鈍い痛みだった。痛みを放っておくと、次第に骨が蝕まれてゆくのが感じられ、ある意味で、それは快感となって、渉は痛みを楽しむようになりさえした。

マゾイスムというのはこういう快感をいうのかな? など思いながら、歯医者に掛って綺麗さっぱり虫歯を取り除かねばと理性で分かっていながら、ずるずると痛みを長引かせていた。

夜、本を読み始めると止められず、明け方まで読み耽る。眠るのは窓が明るくなってからで、学校には当然遅刻してゆく。そんな生活が半年も続いた。渉は、結局は浪人したのだが、浪人してからは夜と昼とが完全に逆転し、朝寝て昼ごろ起きだす生活になった。

街の行きつけの歯医者では手に負えない手術をしなければならなくなり、ある日、意を決して病院へ行った。両の奥歯を抜いた上で顎の骨の傷んだ部分を削る手術をするので、まず太い麻酔が注射で打たれた。

体力が弱っていたため、麻酔が注射されると、渉は失神状態になった。医者は、こんな状態では手術ができないから体力を付けてから出直してきなさいと手術を取りやめた。

それから渉は不健康な生活から抜け出すために、いろいろ試みた。お手本としたのが三島由紀夫のボデービルと日光浴だった。エキスパンダー、木刀の素振り、腕立て伏せ、腹筋。そしてお天気の日は上半身裸になって日光浴をした。半年も続けると健康は回復し、夜は早めに寝について早起きをするように努めた。

それでも、低血圧のせいもあって寝坊はなかなか治らなかった。2度目の歯の手術は無事終わり、ズキズキと疼く痛みが消え去り、集中できるようになった、代わりに痛みに伴う快楽もなくなった。

このころの三島は文壇の枠を超えたスターだった。渉は三島の「潮騒」という漁師の青年と少女との恋愛小説を読んで好ましく思った。ダフニスとクロエーという小説に見るギリシャの健康美を作者も好んでいたらしかった。

渉の高校の親友のKは、高校を出ると、アメリカ経由でカナダへ行ってしまった。Kの顔形に渉は魅力を感じていたことは確かで、同性愛の傾向があるかなと考えることもあったが、それは美を感じさせる形に惹かれるもので決して三島が持っていたような同性愛志向ではなかったと思う。

「仮面の告白」の中の、木に結わえつけられた
聖セバスチャンの胸や腹に矢が刺さった絵を見て、主人公が性的興奮を覚える場面が渉には理解できなかった。


  (つづく)

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