「ヴィオロンの溜息」に悩まされることもなく、静かで短時間で、このアメブロのマイページに入れるようになった。前回の投稿記事をご覧になってない方に注釈すると、パソコンのハードデイスクが「キー、ヴィ~」と壊れたヴァイオリンのような不快な音を立て、スイッチのオン・オフを5・6回繰り返さないとウインドウズの立ち上げができなくなっていたのだった。
月曜にパリまでハードデイスクを買いに行った。リヨン駅の近くの大型店「シュルクー(Surcouf)は、このデスクトップFujitsu-Siemens パソコンを5年前に買った店で、遠くから店の前面いっぱいに「在庫一掃セール」とポスターが貼ってあるのが見えた。在庫一掃も、これは倒産ゆえの資産処分で、やっぱりITの大型店も不況の荒波に勝てず店じまいかと少し寂しい思いがした。
ルーヴルのピラミッド下の「カルーゼル」地下商店街のヴァージン・メガストアも閉店となった。ここはCDとDVD、書籍だけの店だったがダウンロードには勝てなかった。反対に盛隆を極めてるのが向かいのアップル・ストア。
ひょっとしてシュルクーがまだ開いてるかと入口まで行ってみたが、やっぱりシャッターが下りていた。車を地下のパーキングに置いて裏側の小規模商店が並ぶ通りへ歩いて行った。ひっそり閑としてるので、月曜に来て失敗だったか?と思った。月曜は閉店が多い。すぐ後ろに、正面のガラスが真っ黒で小型のデイスコみたいな店があり黒人のカップルが出てきた。看板にポータブル、PCとある。その一帯で、開いてるのはここだけ。入るとカウンターに小柄な東洋人のお兄さんがちょこんと座っていた。
「内蔵用のハードデイスクが欲しいんだけど」
「ボックスに入れる?」 とお兄さんは両手で四角い箱の形を描いた。
「うん。壊れたんで取り換えたいんだ」
「メーカーは? キャパは如何ほど?」
「ウエスターン・デイジタルがいいな。500ジガ(フランス風にGo をジガと発音しちゃう)もあれば十分。あ、これだけは念をおすと、アタなんだ」
「サタでしょ。S+ATA でサタだよ」
「でもデイスクにはATA って書いてある」
「差し込み口がこんなんでしょう……」
お兄さんはカウンターから動かず、手を下に伸ばすだけでデイスクを取り出した。静電気予防の青味がかった透明の袋に入ったデイスクの電源とデータケーブルの大小2つが並んだ差し込み口が見えた。
「これこれ。ここが違うとケーブルとっかえなきゃなんない。めんどうはもうゴメン。さんざん手こずったから」
「アタじゃない。サタだよ」
お兄さんはシラっとした表情で言う。僕はまた昔書いた小説の日本人青年の姓、「畑」をフランス人が「アタ」「アタ」と発音するのを思い出した。
「あ~っと。コレ、コレ。これでいい、いい。で、コンビヤン(いくつ、いくら)?」
「650」
「えっ~!」 一瞬ドキっとして声を挙げた。 650€……!。まさか。冗談だろ。
「500より大きくて 59、8€ だよ」
お兄さんは最初に容量、650ジガを言ったのだった。
「ばかに安いんだな。動くんだろな、ホントに」
「そりゃ動きますよ」
「メーカーは?」
「MDT。ウエスターン・デイジタルの子会社」
「なら、いいや。ところで新品のデイスクにウインドウズ7を入れるにはブート用フロッピイなんか必要なのかい?」
「ブーツメニューでCD/DVD読み取り優先にセットしてDVDを入れるだけ。あとはぜんぶ自動ですよ」
お兄さんは、最後の質問で僕を時代遅れの年寄りと見たのか、やや憐れみを含んだ声で、
「落っことさないようにポシェットに入れなよ。入らない?じゃあ」
言いながら、デイスクを白いビニール袋に入れ、領収書と一緒に差しだした。
家へ帰ってから領収書を見ると、デイスクの定価が50€、消費税が19.6%で合計59.8€。MDTは Magnetic Data Technologies でマレーシア製とあった。
「ATA」と太文字で書いた上に Serial と小さくあった。それでSATAと呼ぶんだろう。10年ほど前の容量が50とか80Goとかのハードデイスクはピンがぎっしり80本ほども並んで幅が5センチくらい、平たいベルト状のケーブルを差し込むようになっていた。
お兄さんは小柄だが鼻筋がすっと通ってキレモノの感じがした。若いのに一人で店を切り回してるのかな。韓国人か? それともマレーシアの華僑出身かな?
デイスクを外して現物を持って行こうか迷ったのだったが、データをまだ全部取り出してなく、組み付けたり取り外したりが面倒なので要点のATAだけ忘れずに手ぶらで行った。ATAと言っただけでお兄さんが察して欲しいデイスクを差し出してくれたので助かった。
帰りにイタリー広場脇の中華街で蕎麦と穀物酢と醤油と米を買った。行きつけの店は大きくなりコメは二階に置いてあった。棚の上に、「欧州産コシヒカリ」と書いた「ゆめにしき」という極上米を見つけた。10kg入りで31€だった。
パリの中華街は「旧正月」で、赤い提灯と黄色い幟が目抜き通りの両側を華やかに飾っていた。
(つづく)