シー拘置所に移された。ポワシーの拘置所は十七世紀の尼僧院を改装した古い建物で、レ
ンガ造りのどっしりした風格がある中央の建物を囲み、中庭やプレオーが幾つもある趣のあ
る場所で、ここでなら、啓は何年でも生活をして行けそうな気がした。
拘置所の単調な生活に、啓はさほど苦痛を感じていない。だが、ポワシーでは、軽犯罪が
増え拘置所が満員であることを思い知った。狭い部屋に三人も押し込まれ、慣れない啓は
苦痛だったが、二週目からは少し落ち着き、過去を振り返ることも出来るようになった。
同室者はカンボジア人の不法入国の若者と、モロッコ人の傷害で逮捕された眼つきが怖
そうな顔の男だ。二段ベッドが二つ並び、啓は出入り口に近い方のベッドの下段に寝るよう
に言われた。
啓は改悛の情など微塵も抱いてないし、後悔する理由は無いと考えている。あの行動を
実行する前、ロロザに目を掛けて貰ったし、いろいろ教えてもらったこともあり、大変世話に
なったのは事実だが、本物をロロザの手に戻す意志は毛頭ない。ロロザのような金持ちで
遊び人の手に、あの二枚の絵を戻してやることなど論外だと思っている。最初あの二枚の
絵を見た時に啓は、本来の持ち主はほかに居るはずだと直感した。感じた通り行動したこと
を今も後悔していない。
監房では、ほかにすることもなく、書くことはまんざら嫌いではないので、ノートと鉛筆を所
望し、毎朝、点呼と朝食と運動の後、同室の二人がベッドに落ち着いてから、啓は窓際の
テーブルに陣取り、この回想記を書くことにした。
ポワシーに来てから啓は番号で呼ばれるようになった。啓の番号は一九三だった。啓はそ
れを『いっきゅうさん』と読み、頓知小僧で有名な『一休さん』と符合するのを喜んだ。そし
て、春にロロザ達と訪れた京都の大徳寺が一休和尚と縁の深い寺だったことを思い出し、
偶然の戯れに気を軽くした。
拘置所の暮らしは、オペラ通りの三メートル四方の水もガスもない物置と比べれば、食事
が付き、シャワーも浴びられ、規則正しい生活が出来るので啓には有り難かった。
毎日午後、三十分だけ担当官がラジオのニュースを流してくれた。新聞も回覧された。あ
る日、ラジオのニュースが『毛沢東の死』を伝えた。日本軍を中国から追い出し、文化大革
命で数千万もの犠牲者を出した、政治的巨人毛沢東が死んだというニュースを聴き、啓は
世界が変わってゆくのを感じた。
三週目に一九三に面会者があると呼び出しが来た。訝りながら、担当に付き添われ手錠
を掛けられ取り調べ室へ行くと、アンナが座っていた。驚いて啓は叫び声を挙げ、アンナは
椅子から立ち上がり、元気そうねと笑った。担当さんは調べ室に啓とアンナを二人だけにし
てくれた。しかし盗聴装置で会話は聴かれるだろうから絵の所在についての会話は注意し
なければとアンナに小声で伝えた。
「ルルーが来たので、わかったの」
アンナは最初にそうひとことだけ言った。
ルルーがアトリエに絵を持ってきたので啓が絵を盗んだと分かったのだ。
ルルーは藤田とモジリアニの本物の絵を暫く預かり、それから啓が教えたとおりダニエル
のアトリエを訪ねた。ダニエルとアンナはそれぞれの絵を受け取り、啓がルルーに託した手
紙で依頼した千フランを礼金としてルルーに渡した。
それから、数日して刑事がアトリエを訪ねた。警察はロロザから啓がダニエルのアトリエに
通っていたと知り、聞き込みに行ったのだ。ダニエルとアンナは啓が拘置所に入ったことを
刑事から聞かされ、アンナはどこの拘置所かを聞きだした。
(つづく)