連載小説 「異土に焦がれて」 63 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

 顔の表情は一応掴んだから、あとは家で描き込めばいいと啓は筆を置いた。アンナは眼を

開き、なにか決心したように言った。

「ハジメに相談があるんだ。……あたし、たぶん版画を止めると思うの……」

「それは、また、どうして?」

「あたしが心配なのは、腐食液のガス。硝酸のガスを長年吸ってると、ガンになるっ

て……。エッチング作家にはガンで死ぬ人が多いの。ダニエルが心配だわ。あたしは……。

将来、結婚して、子供を生む身なのに、身体に悪いガスを吸い続けるのは良くないって思う

から」

 アンナの様子はかなり差し迫って見える。

「アンナはやっぱり結婚を考えてるんだね……?」

「歳ごろだもん、当然考えるわ」

「エッチングはやめて、ビュランで彫ればいいじゃないか」

 啓はもっと気の利いた言葉を探したが見つからずありふれた表現をするしかなかった。「あ

たしはビュランを使いこなすほど器用じゃないの。ダニエルに見て貰って、なんどかやったけ

ど、とてもだめだわ。根気が続かない」

「まあ、ビュランだと、線が主体になるよね」

「こんど、ここに来て分かったけど、この辺りには陶芸家がたくさん住んでる。みんなこの辺

で採れる粘土を使って、壺や器を作ってる。陶芸は人類が火を手にして以来、何万年も昔か

らある工芸だわ。人間が住む大地、土と関係してる芸術っていいなあって思う」

「酸はたしかに、危険だよね。大量に使うと環境破壊だしね」

「でしょ。……科学技術は人類の未来に希望を与えたけど、地球を滅ぼす危険も生んだわ

ね。人間は自然界になかった物質をたくさん作り出した。プルトニウムとか……。農薬に含

まれてたダイオキシンは遺伝子を破壊するって……。ワニに雄が生まれなくて雌ばかり生

れてる。人間も将来、生れる子供の顔や手足が、今までと違ってしまうんじゃないかっ

て……怖くなるわ」

「僕も核が恐ろしいよ。核兵器があるうちは、絵もおちおち描いてられない」

「日常生活で、環境汚染や戦争のリスクを少しでも減らしてゆくしかないんだわ。……で相

談なんだけど、私が版画を止めたらハジメはダニエルの面倒見てくれるかしら?」

「面倒って? ダニエルは立派な師匠としてやってゆけるだろ」

「こないだの大掃除で分かったでしょ。腐食液の入れ換えはダニエル独りじゃ出来ないの

よ。助けが必要なの。前はダニエルは古い腐食液をトイレに捨ててたわ。あたしが止めさせ

て薬品回収業者に引き取ってもらうようにしたの。私がもし、アトリエを辞めることになった

ら、ハジメが引き継いでダニエルを助けてくれないかしら」


   (つづく)


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