連載小説 「異土に焦がれて」 53 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

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 パリに帰った翌日、ロロザの要請でオフィスに行き翻訳をしていると、女性の大声が聞こえ、背

の低い中年婦人が小犬を連れ、金髪の巻き毛を振り振り賑やかに入ってきた。


「あなたなのね通訳のぶんざいでファーストクラスで往復し、リムジン使って観光までしてきたの

は……」


 啓の顔をみるなり、夫人は芝居がかった声を張り上げた。夫人は明るいオレンジ色の厚手な短

かめのワンピースの下から膝小僧を覗かせていた。


 ええっ! じょ、冗談だろ。アエロフロートの窮屈な座席に十五時間耐えたんですよ。うむ。ロロ

ザのやつ、恋人の分を俺の経費につけやがったな。ボーナスの件はどうなってんだ。くれるという

から黙ってるが、曖昧にして逃げる気なら……浮気をバラしてやる。咽から出かかる声をぐっと抑

えて、啓は作り笑いを浮かべ夫人に挨拶した。


 恋人に掛かった費用を啓の経費として報告したことは会計士が啓のところへやってきたので確

実となった。


「あなたの旅費、滞在費として一万フランを計上してるけど、これ間違いないですか?」 うりざね

顔の会計士は啓を見据えて念を押した。それはオレのじゃなくてクララって若いドイツ女の分だっ

て。この時も咽から出かかった声を押し殺して耐えた。


 ふたりが去り静寂が戻った画廊に電話が鳴り、ロロザが答えるのが壁越しに聞こえた。

「やあ。クララ! 元気でやってるか? こっちはだいじょうぶだよ。あ。あの通訳のこと? 心配い

らないよ。今日もここに来て、さっきカミサンと大声で話してたけど、だいじょうぶ。仕事が欲しいん

だから彼はなんにも喋らないさ」


 ちくしょう。仕事が欲しいからって奴隷や犬じゃあるまいし。あなどられてたまるか。クララまで気

遣うほど、普通ならバレて当然なのを、黙ってやってる。ロロザはボーナスの件を黙殺したまんま

だ。ここで掛けあってダメならこっちも黙っちゃおかない。懲らしめてやる。あんたは道義を守るに

値しないゲスだ。一泡吹かせてやるからな。


 啓はロロザの部屋に行き直載に切り出した。


「ボーナスの件ですが……」


 ロロザは一瞬なんのことかというような顔をして首を傾けたが、すぐに表情を変え口許に笑みを

浮かべた。

「黙ってるなら払うってお言葉を信じましたが、まだ頂いてませんよ。お忘れになっちゃ困ります」


「そんなこと言ったかな? 日本でのことだ覚えちゃいないよ。言ったとしても、忘れて欲しいね。

君も、人の弱みにつけ込んで小遣いせびるようなケチな料簡は捨てて、もっと大きく稼ぐ方法を考

えたらいい。君が大きく稼げる機会をそのうち提供しよう。恨みや嫉妬は捨てるんだな」


 ロロザは傲慢にふんぞり返り、啓を見返す眼には嘲笑すら浮かべていた。


  (つづく)

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