連載小説 「異土に焦がれて」 51 | 雷神トールのブログ

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トリウム発電について考える

 大阪に着いた翌日タクシーを飛ばしロロザとふたりで郊外の私立経綸大学を訪ねた。ソ

ファーのあるホールにはステンドグラスの窓があって、大学というよりもなにか安普請の教

会のような雰囲気を漂わせていた。江戸時代の小藩の家老みたいな頭の禿げた老人が出

てきてまだ三十を過ぎたばかりで青臭い感じの残る大学総長の脇で耳に口を触れそうに近

づけてあれこれと入れ智恵をしていた。

 ロロザの商談はうまく運び、持って来た全ての版画を経綸大が買い取った。

 その夜は、大阪の中心街に出て、取引きの仲介をした政治家と料亭で会食をした。

 料亭の座敷は広く青い畳が清々しい香りを漂わせていた。中央の食台の下には長方形の穴が

掘ってあり、脚を伸ばせるようになっていた。客の数だけふっくらした赤い座布団が並べてあり、

その赤の色が日本間に華美な雰囲気を醸し出していた。政治家はNという名前だったが、座に着

くやお絞りを掴み両手に広げ、脂でてらてら光る丸い頬と額を拭った。ロロザは驚いた顔付きでそ

の様を眺めていたが、純日本式の座敷で脚を伸ばせることに満足げな様子で、先付けの小鉢に

目を凝らすと箸を入れた。

 前菜が済み、刺身、煮物、焼物の魚が載った盆を仲居さんが配って回った。

「美術品コンサルタントを本業としております。美術館が作品を買い上げる時の価格に関しいろい

ろアドバイスを差し上げるのが私の仕事です。付随的に絵、とくに版画の売買をやっております」

 ロロザは若い総長と理事長、政治家Nの顔を交互に見やりながら話しを進めた。

「私は美術品の制作も基本的には工業製品の製造と同じ観点で見るべきと考えています。十九

世紀後半に自動車が現れた頃、車はすべて手作りで金持ちの乗り物でした。ロールス・ロイスな

どみなオーダーメイドで値段は非常に高かった。二十世紀初頭にヘンリー・フォードがT型フォード

の生産を開始してから、車は大衆の乗り物からものとなりました。流れ作業による大量生産です

ね。フォードの生産方式により労働に掛かる時間、労働者の賃金と生産コストが厳密に算出でき

るようになりました。

 フォードと同じ時期に科学的労働管理を著したフレデリック・テーラーが同じ考えをします。テー

ラーによって、それまで計量化出来なかった労賃の算出が科学的にできるようになりました」

 ロロザが得意気に話を進めるので若い総長が腰を折った。

「お話とても良く解ります。私もその辺が専門ですから」

 ロロザは丸い眼をぎょろっと一回りさせ三人を見まわし安心したように話を続けた。

「私が実践しておりますのは、このフォード・テーラーの考えを適用し、いままで分析不可能だった

美術品に合理的な価格の算出法を適用することです」

 若い総長は「ほう」というように好奇心をそそられた顔つきでロロザを見た。

「たとえば、ピカソは天才的な才能を持ち、その作品は、特別な価格で取引されます。天才がゆえ

にですね。世間はそれを当然のこととしてきました」

 頃合いと見たのか、座敷の入り口に白い割烹着姿で頭に帽子を乗せたシェフが両手をついて挨

拶し、揚げ物の道具が並べられた。白身の魚キスの素揚げは淡白で上品な味の逸品だった。ア

ナゴの唐揚げ、海老の素揚げを口に運んだロロザは、お世辞でなく「美味い」と政治家とシェフに

向かって告げた。


  (つづく)

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