「ドイツの自由概念はいつももっぱら外部に向けられていました。それは、ドイツ的である権利、
もっぱらドイツ的であり、それ以外の何物でもなく、それを超える何物でもない権利を意味しまし
た。それは、民族的エゴイズムを制約し、制限し、抑制して、共同体への奉仕、人類への奉仕に
努めさせようとしたあらゆるものに対する、自己中心的防御という抗議的概念でした。外部に対す
る、つまり世界との、ヨーロッパとの、文明との関係における反抗的な個人主義が、内部において
は、奇異の感をもよおすほどの不自由、幼稚さ、鈍感な卑屈さと両立していたのです。それは戦
闘的な奴隷根性でした。そして今や、国家社会主義(ナチズム)が、この外的な自由の欲求と内
的な自由の欲求との間の不釣り合いをさらにつり上げさえして、ドイツのように国内ではかくも不
自由な一民族による世界奴隷化の思想にまで至らしめたのです」
(「ドイツとドイツ人」、1945年にワシントンでマンが行った講演から引用)
ソヴィエト・ロシアや「自由主義国」の英国とアメリカと、「自由・平等・博愛」理念を掲げるフランス
共和国の方が、少なくともすべての人種に共通なある原則を標榜した意味で普遍的な理念を掲
げて戦ったと言える。
1943年4月25日から5月22日にかけてのゲッペルスの日記には総統(ヒトラー)がドイツ国会で
行った演説(予言)について触れている。
「この度の戦争の勃発と拡大における、世界のユダヤ人の歴史的有罪性(罪状)は、そこへ立ち
戻る必要もないほど、充分以上に明らかである。ユダヤ人は戦争を望んだのであり、総統が1939
年1月30日にドイツ国会で行った予言どおり、もしユダヤの国際的財務組織が再び人民を世界
戦争へ向かわせるとしたならば、その結果は地上のボルシェヴィキ化ではなく、ヨーロッパにおけ
る、ユダヤ人種の無化(l'annihilation , 絶滅)である。まさにわれわれはこの予言の完遂を生き
ているのであり、 それによりユダヤ人は、確かに厳しいが相応しい運命に遭遇するのだ」
(「アウシュヴィッツ、ナチスの陰謀に関する調査(アンケート)、Florent Brayard 著、2012年1月 Seuil 社刊から引用)
この「ヒトラーの予言」というものを更に徹底的に調べる必要がある。「ユダヤの国際組織の陰謀
説」(ヒトラーが愛読した本、「シオンの賢者の議定書」に代表される)が、ここに挙げられている
「ユダヤの国際的財務組織」と関係があるのか? を探らねばならない。
つづく